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2011年12月

2011年12月22日 (木)

アリスの通院

11月29日に、猫のアリスが血尿になって以来、毎日、尿の良く出る薬を朝、晩、母が飲ませています。子育ての経験があるので、手際がいい。

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昨日は、薬飲んでから2週間たったので、検査をしにアリスをつれて動物病院へ行きました。

雄猫レオンの健康診断もかねたので、3時間かかって疲れました。

猫たちもその間ずっとかごの中に入れられたままだったのでつらかったと思う。レオンは6キロあるので糖尿病の疑いがあるといわれました。(アリスは3キロ。)

アリスも糖尿病の疑いがあったけど、このとき病院では尿がとれなかったので、今日再び、アリスの尿を持って病院へ行きました。

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出掛けるときアリスは、ただならぬ空気に、また病院へ連れて行かれるとおびえて隠れていました。

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今日は、尿を調べるだけなのでアリスはお留守番です。

検査結果は、正常でした。糖尿病ではなかった。ほんとにストレスで病気になったようです。わたしが旅行へ行ったばかりにアリスは災難です。

先生からは、レオンもアリスもc/dという病院食だけ食べさせるよう言われました。これからはおやつなしです。ふつうのねこ缶も食べられません。

なんか闘病の時期に突入したのかと思うと落ち込みます。

そんな歳になっちゃたのかうちの猫は・・・。

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今日もまた、1時間半も病院にいたので疲れてしまいました。この先のこと考えると、もう落ち込んでこたつでふて寝するしかない。猫たちは私が起きるのを待ちつつ一緒に昼寝してくれました。

室温14度とはいえ、1時間も寝てたら暑さでのぼせて気持ち悪くなってしまいました。からだがだるい・・・。

マリア、おまえは平気なの?どっぷり入っているけど。

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明日から毎日、猫たちのダイエットがはじまります。おやつなしなんてかわいそう。食べることが楽しみだったのに。

めざせ、4キロ。

2011年12月21日 (水)

心を閉ざした子

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4年前に見かけた親子。ジュースを出さなかっただけなのに、見てたこっちが飛び上がらんばかりに驚くほどの大きな音をたてて、母親がこどものあたまをたたいていた。女の子はたぶん3歳くらい。障害児には見えず、いや、むしろ障害児だったらなおさら、そういう扱いはよくないけど、手におえない状態でもないのに、ひどいと思った。

もしわたしが 言葉巧みだったなら、やんわり親のプライドを傷つけない感じで、ちょっと子育てミニ知識をよそおって言い聞かせられたのに。でも、日頃からわたしの発言は相手に伝わらないことが多いから、何も言えなかった。「次回会ったときにはきっと」って思ってたが2度と会うことはなかった。

ウィキペディアの「心的外傷後ストレス障害」の中の「戦闘ストレス反応」のところには、

’閉じ込められた孤立無援の状態におかれたり、殺されるという恐怖から、気を緩める暇もないという状況は、「金切りすすり泣き」「金縛り」「感情マヒ」「無言・無反応」「著しい物忘れ」の症状を引き起こす。’とある。(ちょっと要約しました)

アメリカのロックフェラー大学にある神経内分泌学研究所の研究結果によると、

「繰り返し受けたストレスは脳を委縮させ、免疫も落ちる」という。

性的暴行を受けた子は、後頭葉の視覚や空間認知をつかさどる「一次視覚野」の脳に萎縮がみられ、「注意力」と「視覚的な記憶力」の低下がみられた。(気が付かない、見えない)

言葉の暴力を受けた子は、側頭葉の聴覚をつかさどる「上側頭回」の脳と、頭頂葉にある言語を理解する部分の脳に萎縮がみられた。(聞きとれない、話が理解できない)

性的虐待の場合は、その行為や相手の姿を見ないようにするため、言葉の暴力をうけた場合は、自分を傷付ける言葉そのものを聞こえなくするため、無意識の防衛本能によって悲しい進化をした結果そうなるという。

虐待までもいかなくても、「ストレス」「恨み」「心配」などでも、赤血球のつくりが悪くなったり体温がさがって免疫がさがる。精神障害、人格障害などの病気にもなりやすいという。

テレビ「世界一受けたい授業」でも、手の甲を他人につねられただけでも血流が悪くなった実験場面が映されていた。けっこう人はストレスを感じやすいのだ。

<萎縮した脳は改善できる>

脳は回復力がきわめて高いため、「心理療法」、「認知行動療法」「薬剤」の組み合わせにより正常な状態に近づけさせることができるという。

テレビ「ホンマでっか!?TV」では「知らない土地に旅行する」方法が、「戦場ストレス」(に値するストレスにも)きくといっていた。

十分な睡眠」「活動的になる」「健康的な食生活」も心掛ける。

「好奇心」「嫌なことを忘れるほど何かに夢中になること」が大事だという。

こどもを甘やかそうと言ってるのではなく、日常の子供の表情から「笑顔」「親に甘える行動」「みんなとふざける」といった行動がなくなってたとしたら、それはたぶん叱りすぎではないだろうか?とわたしは思うのだ。

参考:「医療健康 西日本新聞」

    「ウィキペディア・心的外傷後ストレス障害」

    「五感プロデュース研究所」

2011年12月19日 (月)

大内宿へ

福島旅行、最終話。「大内宿(おおうちじゅく)」へ行ってきました。

大内宿は江戸初期にできた宿場町で、会津藩が会津と江戸を結ぶ幹線道路の一つとして整備し、参勤交代の際にも利用した重要な街道だったところ。いまは重要伝統的建造物群保存地区にしていされています。

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入り口はふつうに見えますが

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かやぶき屋根のお店が立ち並びます。店が縁側だけで営業してるところが昔っぽくて風情があります。

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ここは、ねぎを箸代わりにして食べるという有名な蕎麦屋「三澤屋」。テレビでよく見かけます。

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この上から大内宿を見下ろすことができます。階段は急なのでちょっとしんどいのですが、上ると・・・

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こんなかんじです。過去にタイムスリップです。

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上には子安観音と稲荷神社があります。

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お昼はせんべい屋さんの「山形屋」へ入りました。連れは「イワナの塩焼き」をたのんでたべましたが、イワナが山間部でしか食べれないと知っていたらわたしも注文したのに。帰るころに言うから食べそこなってしまいました(写真で釣り下がってるのがイワナ)。

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岩名(イワナ):日本のイワナ類は、生息する地域、河川によって形態が少しずつ異なる。河川の最上流の冷水域などに生息。渓流釣りの対象として人気がある。

店の中で女の人がそばを打っていました。こねて伸ばして切って、私たちが食べてる間に、てきぱきとこなしている。さすがプロだなぁと感心して見入ってしまいました。

帰ろうと立ち上がると、いろりで何かを煮ています。「栗?」かと思ったら、「とちのみ」というもので、煮て餅にするそうです。買って帰ろうと店先に行くと、店内で食べるのしかしてないという。あきらめてせんべいを買って出た。

今度は、向かい側の方にあるお店を散策。「金太郎そば 山形屋」でいろいろな変わりみそを生の大根のつけて試食した。新商品という「にしんみそ(にしんの魚が混ざっているみそ)」とプレーンのみそを購入。おなかいっぱいになって次の店へ。

すると、「山形屋」のとなりの「そば処 こめや」で、さっきの「とちもち」に出会った。前の店を去る時には「おなかいっぱいなので」と言ったのに、こんな目と鼻の先で食べてるのは気が引けるなぁと思ったけど、せっかくなので、食べることにした。

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もちは茶色で、つきたてのようにやわらかでおいしかった。

栃の実(とちのみ):日本では特に東北地方に分布している。国語の教科書に採用されている斉藤隆介の「モチモチの木」に登場する木は、このときの木である。

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買ったみやげ。もうすでにいろいろなところでみやげを買ってるので、残念ながらこれだけ。

2011年12月16日 (金)

鶴ヶ城へ

福島県の「鶴ヶ城(若松城)」へ行ってきました。

鶴ヶ城は、1384年に建てられ、1874年に壊された。1965年にコンクリート造で外観復興再建され、中は若松城天守閣郷土博物館になった。赤瓦(あずき色)がポイント。

歴史:1868年の戊辰戦争のときに会津藩は必死で鶴ヶ城を守っていた。戸の口原の戦いに敗れ飯盛山へ逃れた白虎隊(16歳~17歳の少年たち)20人は、黒煙に包まれる鶴ヶ城を見て、城が落ちたと勘違いし切腹、自刃した。

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鶴ヶ城。入口から中は撮影禁止。だいたいはパネル展示。白虎隊の肖像画と各個人の紹介が書かれていた。城復元の歴史のミニシアター、本物と同じ重さの銃、剣を持つことが出来るところもある。係員の男は武者の格好をしていた。

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最上階の「展望台」からの眺め。この日は外国人観光客でいっぱいだった。

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1階まで降りるとおみやげコーナーに出る。奥にも展示コーナーがあるけど’城の歴史なら上で見たよ’という気分で他の観光客と同じようにスルーしようと思ったが、でもせっかくだからと入ってみると・・・

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そこは当時を復元したスペースだった。「南走長屋干飯櫓」という。けっこうな見どころではないか!?

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でも観光客は誰ひとりいない。石つぶてを落とす男と銃で敵を狙う男(人形)だけがさみしく存在していました。

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あまり客が来ないので力入れてないのか、ちょっと物置なかんじ。

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外にから見るとこの場所となる。

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城壁の上を歩いた。いずれここの建物も復元するという。

「茶壺やぐら」は茶器や武器を入れてた建物。すぐ下に茶室がある。そばの石垣は’高さ20メートル余で城内で最も美しい扇勾配をなし「忍者おとし」ともよばれる’とある。

「月見やぐら」は武器を入れてたところ。月見するのに絶好の場所だった。

「鶴ヶ城稲荷神社」600年前にお城が出来たころから祀られていた。もとは三の丸にあったもの。

「廊下橋」は東の二の丸と本丸を結んでいた橋。かつては屋根付きだった。

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千利休の子、少庵が建てた茶室。「麟閣(ろうかく)」

昔、豊臣秀吉の怒りをかった千利休は死を命じられた。そのとき会津領主の蒲生氏郷が、利休の茶道がとだえるのをおしんで、千利休の子、少庵をかくまった。このときに少庵が建てた茶室。

2011年12月15日 (木)

会津武家屋敷へ

福島県「会津武家屋敷(西郷頼母邸)」へ行ってきました。

西郷頼母(さいごうたのも)は、戊辰戦争(会津戦争1868年)に会津藩の旧幕府軍の総督をしていた方で、この戦争で家屋は一部焼けてしまったが、ここに修復移転された。

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入口。奥の柔道をしている像は、養子の西郷四郎の像。小説「姿三四郎」のモデルになった人物。

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表玄関。上級武士だけが通された玄関。妻の千恵子(人形)がお迎え。

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お成りの間。お殿様がおいでになったときだけ使用されたお部屋。年に2回ほどしか使用されなかったとか。大河ドラマ「新撰組!」で使用された部屋。(松平容保役は筒井道隆さん)

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自刃の場面。戊辰戦争の1868年8月23日早朝。敵が身近に迫り西郷家の女性たちは戦いの足手まといになりたくないと自害を決意した。白装束に着替え、辞世の句を詠み、千恵子(34歳)は9歳4歳2才の自分の子を刺すと、自刃した。16歳の長女細布子、13歳の次女多喜子も自刃した。敵の西軍藩士の中島信行が屋敷に侵入すると、死にきれずもだえ苦しんでる少女を発見。彼女はもうろうとしながら「敵か?味方か?」と聞き、あわれんだ中島が「味方です」と答えると、安心した表情で介錯をたのんできた。彼はとどめを刺すと、その場で号泣した。という場面。(中島信行は坂本龍馬が1867年に死ぬまで海援隊にいて、その後陸援隊に入った。このことからこの場面の男は中島信行ではないともいわれる)

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母子が自刃した部屋。別の部屋では頼母の母(58歳)、親戚の小森家族5人、町田家族3人、浅井家族2人も自刃。この屋敷で合計21人の女性が亡くなった。

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左の写真はトイレ、右はお風呂。お湯は防災上、台所で沸かし手桶で運んでいた。残り湯は肥料に使用された。

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台所。

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他もろもろ。

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敷地内にある。「旧中畑陣屋」代官所。

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千利休の子、少庵が作った茶室(嶺南庵)

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佐々木只次郎三郎の墓。(坂本龍馬を斬った男)

2011年12月12日 (月)

福島の名産品

福島県で1泊しました。

ホテルの1室に入ると、テーブルの上に「起き上がり小法師」3個が、サービスで置いてありました。

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だるまさんと同じ、倒れないおもちゃ。(ここには載せてませんが福島県は「絵ろうそく」も有名ですよ。)

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あと、名物の「旨辛みそ」(生姜がきいて辛かった)と売上NO・1という「ごまみそせん」(みそせんべい)そして「干し梅」がありました。

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ホテル東鳳の夜のバイキング(ビッフェ)。福島の名物食がすべてそろっていたんじゃないでしょうか。写真にはありませんが、きびまんじゅう(道明寺饅頭みたいなかんじ)まんじゅうの天ぷら(名前のとおりまんじゅうを天ぷら衣をつけて揚げてある)のもありました。(この写真はほんの1部分で、もっとたくさんの種類の料理が用意してありました)

ごづゆ」「にしんの山椒漬け」「棒たら煮」は、福島のいろいろな博物館などで展示に登場してくる郷土料理です。

「ごづゆ」は、すまし汁に刻んだ里芋、糸こんにゃく、にんじん、丸麩、三つ葉が入ったもので、みやげ売り場には必ず「ごづゆセット」が置いてあります。

「桜刺し」も名物でいたるところで見かけます。馬の肉の刺身です。写真ではたべてしまったのでありませんが・・・。

「旨辛みそ」は、おでんによく合いました。

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東北限定スナック。

「おとなのふりかけ」は、宮城県産「ずんだ」、岩手県産「前沢牛」、仙台発祥「牛タン」、青森県産「ほたて」の4種類の味が入ってました。

ホテルの窓からの景色。

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朝8時。ずっと真っ白で何も見えなかったけど、少しずつ霧が引いてきていました。

2011年12月10日 (土)

会津 さざえ堂へ

Photo まだまだつづくよ福島旅行ばなし。今回は「会津さざえ堂」。

正式名称は「円通三匝堂 えんつうさんそうどう」という。国の重要文化財。

1796年の江戸時代後期に住職の郁堂が建立した。当時は阿弥陀如来を本尊として、スロープ沿いに西国三十三ヶ所の観音や百観音が配置され、堂内を一周するだけで巡拝できるようになっていた。今は仏像はなく代わりに「皇朝二十四考」(会津の古典的道徳書 二十四人の逸話)の絵と文が取り付けてある。

これはフランスにあるシャンボール城の中の、レオナルド・ダビンチ(1542~1519)設計のらせん階段のアイデアをもとに作られたという説もある。

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外観。この壊れそうな不安定さがいい。Photo_3

龍がうねっている。

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スロープ。中はらせん階段でまさに貝の中。上りの人と下りの人が会うことがない二重構造になっている。床は青竹踏みみたいで心地いい。気分悪くなるほど高くはなく、らせんでもないのに、3ヶ所に謎の短路通路(近道)がある。

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この中に観音像があった。今は「皇朝二十四考」の絵と文だけ。文が固く重たそうなので読まなかった。場所によってはこういった棚の下に賽銭を入れる投入口があり、うまいこと1階まで集まる仕組みになってるそうな。

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さざえ堂の下の景観。

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さざえ堂の並びにある「白虎隊十九士の霊像」。中には少年たちを模した小さな像がたくさんある。

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上のほうへ行くと、「白虎隊の十九士の墓」

右の白虎隊の少年像は下の入り口のあたりにあったもの。

       おまけ フランス シャンボール城   

レオナルド・ダビンチ設計のシャンボール城。1519年着工。(テレビで放映してたもの)

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2011年12月 9日 (金)

野良猫の狩り

うちの猫たちが忍者のように身を低くして、ベランダに走りこんだ。

こんな時はたいてい近くに野良猫が来ているとき。

ベランダから下をのぞきこむと、野良猫が鳥を狙ってるところだった。

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後ろ脚をもぞもぞさせて突入態勢になったが・・・

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飛び出せなかった。

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鳥を追いかけて反対側にまわったが、やはりタイミングつかめず、飛びかかることは出来なかった。

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ただ見守るのみ・・・。狩りは失敗に終わった。

2011年12月 8日 (木)

猫のアリスの検査結果

私が旅行で不在だった先週の11月29日に、アリスは急におしっこが出なくなり病院へかつぎ込まれた。尿には血も交じっていて膀胱炎と診断されたが、糖尿病の疑いもあるといわれた。

もらった1週間の薬を飲みきったので、再度検査するために動物病院へ行った。

診察では、尾の付け根から注射器で採血をした。20分後に検査結果が出るという。 (尿は取れなかったので次回。出掛けにしてきちゃったから)

診察後にアリスをかごに戻そうとすると「ニャー!」と鳴き、足を突っぱねて入りたがらないので、しかたなく膝の上にのせて待合室で待った。

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いい子でおとなしく待つアリス。

血液検査の結果は、14歳という年のわりに内臓は良好だという。1週間前には糖が多くて糖尿病の疑いがあったが、今回は糖はでなかった。先生が言うには過度のストレスがかかって一時的に糖が増えたのだろうといった。一日会えなかっただけですごいストレスに!?

膀胱炎は癖になりやすくぶり返しやすいというので、さらに2週間分の薬をもらった。

体調がいいときには散歩をねだる。玄関に張り付いて。

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薬を飲んでるけど、すこぶる良好のようだ。

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散歩中。

2011年12月 7日 (水)

雲嶺庵へ

福島県の「雲嶺庵」へ行ってきました。

現在のほまれ酒造の前身の加納酒造をつくった、唐橋幸作さんの邸宅です。

まず、駐車場から見えるのは、酒の入ったタンクなどがある工場。工場見学も無料で案内してもらいました。当たり前ですが木の酒樽などは無かったです。

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ここの全商品の酒は、霊峰飯豊山の伏流水である「喜多方名水」で 仕込まれていて、超軟質で口当たり優しく、甘みが感じられるということでお茶やコーヒーにも合うとか。駐車場付近の給水所にも湧き出ていて、誰でも無料で汲むことが出来ます。

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敷地の中に酒店があり何本か買ってきました。店の入り口。

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買う前にいろいろ試飲しましたが、私はふだんお酒を飲まないので、アルコール度18%のお酒を口に入れるたびににグホッとむせてしまいました。ふと「荒野の七人」のバーでの場面をを思い出してしまいましたよ。

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今回買ったもの。日本酒2本、梅酒、ゆず酒。1個200円の日本酒の瓶のキーホルダー

サービスで梅酒を作った時の梅とおちょこをいただきました。

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雲嶺庵の室内。北の海の写真。

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部屋から見える庭。何故か庭の中央にぽつんと赤べこ牛さん。

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ここは昭和25年に原生林をそのまま利用してつくった1300坪もある日本庭園で幸作さんの愛した庭です。段々に流れる小さな滝も見えます。この写真ではわかりずらいですが木々のほうから滝は流れています。

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「雲嶺庵」の門。奥には創設者の唐橋幸作さんの像がみえます。

ここは、フリーアナウンサーの唐橋ユミさん(酒瓶に付いてる写真の方です。TBS「サンデーモーニングにもでてます)の生まれた家で、今はお兄さんが継いでいるそうです

私は、尾瀬あきらさんのまんが「蔵人(クロード)」で日本酒の魅力を知りました。みなさんも読んでみると日本酒とおいしいつまみが欲しくなりますよ。

2011年12月 5日 (月)

楽篆工房へ

福島県喜多方市の「楽篆工房(らくてんこうぼう)」へ行ってきました。

「楽篆工房」は2000年~3500年まえの古代漢字を、木や石に彫ったり書いたりしているお店。多くの著名人からも人気で、歌手の浜崎あゆみさんも、印鑑として使用してるという。

私たちは「るるぶ」にもある、ミニ下駄ストラップ(一つ1050円)に名前を書いてもらうことにしました。

名前を伝えると、店主の高橋政巳さんは私たちの名前に驚いて興味をしめした。

私の名前が、読みは違えど自分の娘と同じ名前だったのと、連れの名に自分の名前とおなじ「巳」という漢字が使われていたことが、何かの縁では?と思ったそうだ。

高橋さんは、生まれたとき死亡宣告を5回され、6回目で生き返った。それで親は子、丑、虎、卯、辰・・・の6番目である「巳」を名前に付けたそうだ。巳年生まれではない。過去を振り返ってみれば、「6」という数字は自分にとってラッキナンバーだった、と彼は言った。

紙には3000年前の文字を書き、下駄には2000年前の文字を書いてくれた。

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菓子も販売していて、「白いアーモンド(ホワイトチョコではない)」(315円)はしつこくない甘さでおいしかった。「マカロン」(367円。なぜかせんべいと同じ扱いで少し値段高め)はクリームのない昔のタイプの菓子だった。

店子の犬が印象的だった。

しおり。

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2011年12月 4日 (日)

ちょこっと甲斐本家蔵屋敷

福島県の蔵の町にある「甲斐本家蔵座敷」へ行ってきました。

他の人の書いたこの屋敷のブログをのぞいてみたら、いかに自分が要点をとらえてないかが分かったので、タイトルに「ちょこっと」をつけてみました。

「甲斐蔵本家座敷」は麹製造、製糸工場で財をなした甲斐家の屋敷。大正6年に着工し、7年かけてに完成させた。黒漆喰で塗りこめられた外装から、別名「烏城」ともよばれる。

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入口です。中に入ると井戸があり古いミシンなどの家庭用品が置いてありました。次の部屋は展示室でガラス越しに日常で使った食器や漆器など見ることができました。

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庭です。池があります。

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部屋です。この写真ではわかりにくいですが部屋の中の壁全体が金色に光っています。

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「烏城西洋室」という喫茶店です。かつては応接室として使われたところです。抹茶セット(抹茶と黄粉棒の抹茶味)550円、ブレンド450円をいただきました。(写真は撮り忘れた

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もらったパンフをあらかじめ見なかったので、見どころの木製のらせんの吊り階段を見落としたことに、後で気づきました。

今度行ったときは、ちゃんと隅々まで見てこよう・・・などと思っても、残念ながらもう出来ません。

今年の11月30日をもって、甲斐本家蔵座敷の一般公開と烏城西洋室喫茶店は終了してしまいました。私たちが行ったのは終了2日前。うまく写真には残せませんでしたが、心に思い出を刻んで帰りました。

2011年12月 3日 (土)

坂内食堂へ

福島県の「坂内食堂」へ行ってきました。

るるぶの本には、朝にラーメンを食べる’朝ラー’発祥の店として全国的に有名、とある。

午前11時50分に着いて、店内に入って見ると、もう客席はいっぱい。でも、かろうじてすぐに座ることができた。

メニューは「支那そば 600円」「ネギラーメン 800円」「肉そば 900円」「ネギチャーシュー 1000円」。 この4種類から選ぶ。麺は中太縮れ麺。

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ネギラーメン。スープはあっさり。ねぎは程よい辛さ。

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肉ラーメン。スープにチャーシューの煮汁がよく効いてコクがあっておいしかった。

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食べ終えて周りを見ると、10人以上の待ち人がいる。外にも待ってる人が。

わたしたちはラッキーな時間に来れたようだ。

2011年12月 2日 (金)

熊野神社へ

福島県の「新宮 熊野神社」

1055年に源頼義が建てた。最盛期には300余の末社や寺院、霊堂が立ち並び100人以上の神職がいたが、12世紀に一時衰退した。源頼朝によって再び勢力を取戻したが、16世紀に戦乱に巻き込まれ、衰退した。

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門。

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奥に見えるのが「長床」。                          竜の形の水口。

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手前にあるのは樹齢600年の喜多方市天然記念物のイチョウの木。奥にある建物が殿「長床」。 地面はイチョウの葉でまっ黄色でした。そして、  長床の中。

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熊野三社本殿。

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文殊堂。

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鐘。みんなが打ってたので、やってみました。響きわたらないかすれた音が出ました。

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観音堂内。「不動明王と童子のせいたかとこんがら像」。「文殊菩薩像」は象に乗ってインドから中国の五台山へ帰るところを表している。他にもたくさんいい仏像がありました。

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