フォト
2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

カテゴリー

無料ブログはココログ

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月

2011年12月 1日 (木)

金塔山 恵隆寺へ

福島県の金塔山恵隆寺にある「立木千手観音」を見てきました。

Photo

仁王門。草履がたくさん掛けられている。無事帰るという安全祈願かもしれない。

柵窓の細い隙間から中をのぞいてみたら、内側に金網があってよく見えなかったが、横側からのぞいたら仁王像が立っているのがわかった。

Photo

でも、やっぱりよく見えないので隙間からカメラを入れて撮って、ようやく全体を見ることができた。

Photo_3

彰霊堂。日清戦争から東亜戦争で亡くなった方を祀っている。

Photo_4

メインの観音堂。中に立木観音像二十八部衆と風神、雷神があり、他にも不動明像など8体ほどのいろいろな像があった。右端の柱と中の柱に「だきつき柱」があり、抱きつくと死に際にころりと成仏できるという。

日光山輪王寺の「三仏堂」の小型版って感じでしょうか。

Photo_5

観音堂内の立木観音と二十八部衆。写真は禁止なので、るるぶのコピー。

808年に弘法大師が夢のお告げを受け、立木で根のついたままの大樹に一刀三礼の精魂をこめて8.5メートルに彫刻された、十一面千手観音。今も根は地下に付いたままとか。

Photo_6

仏像は斗帳(とちょう)という垂れ幕に隠されているので外からは見えない。拝観料300円払って幕の内側に行ってようやく見ることができた。なんだかちょっとアニメ「フランダースの犬」のネロの気持ちになってしまった。仏像の足はさわってOK。

Photo_7

小金塔。

Photo_8

小金塔の中。

ここは建物と周囲のの存在が地味で、近所の神社のよう。おもわず通り過ぎそうになっちゃた。建物の中にすごい像があるのにそうは見えず、他の観光の人たちがいたけど、中見ないで帰っちゃった。もったいない。国の重要文化財なのに。

2011年12月 2日 (金)

熊野神社へ

福島県の「新宮 熊野神社」

1055年に源頼義が建てた。最盛期には300余の末社や寺院、霊堂が立ち並び100人以上の神職がいたが、12世紀に一時衰退した。源頼朝によって再び勢力を取戻したが、16世紀に戦乱に巻き込まれ、衰退した。

Photo_3

門。

Photo_4

奥に見えるのが「長床」。                          竜の形の水口。

Photo_5

手前にあるのは樹齢600年の喜多方市天然記念物のイチョウの木。奥にある建物が殿「長床」。 地面はイチョウの葉でまっ黄色でした。そして、  長床の中。

Photo_6

熊野三社本殿。

Photo_7

文殊堂。

Photo_8

鐘。みんなが打ってたので、やってみました。響きわたらないかすれた音が出ました。

Photo_9

観音堂内。「不動明王と童子のせいたかとこんがら像」。「文殊菩薩像」は象に乗ってインドから中国の五台山へ帰るところを表している。他にもたくさんいい仏像がありました。

2011年12月 3日 (土)

坂内食堂へ

福島県の「坂内食堂」へ行ってきました。

るるぶの本には、朝にラーメンを食べる’朝ラー’発祥の店として全国的に有名、とある。

午前11時50分に着いて、店内に入って見ると、もう客席はいっぱい。でも、かろうじてすぐに座ることができた。

メニューは「支那そば 600円」「ネギラーメン 800円」「肉そば 900円」「ネギチャーシュー 1000円」。 この4種類から選ぶ。麺は中太縮れ麺。

Photo

ネギラーメン。スープはあっさり。ねぎは程よい辛さ。

Photo_2

肉ラーメン。スープにチャーシューの煮汁がよく効いてコクがあっておいしかった。

Photo_3

食べ終えて周りを見ると、10人以上の待ち人がいる。外にも待ってる人が。

わたしたちはラッキーな時間に来れたようだ。

2011年12月 4日 (日)

ちょこっと甲斐本家蔵屋敷

福島県の蔵の町にある「甲斐本家蔵座敷」へ行ってきました。

他の人の書いたこの屋敷のブログをのぞいてみたら、いかに自分が要点をとらえてないかが分かったので、タイトルに「ちょこっと」をつけてみました。sad

「甲斐蔵本家座敷」は麹製造、製糸工場で財をなした甲斐家の屋敷。大正6年に着工し、7年かけてに完成させた。黒漆喰で塗りこめられた外装から、別名「烏城」ともよばれる。

Photo_2 Photo_9

入口です。中に入ると井戸があり古いミシンなどの家庭用品が置いてありました。次の部屋は展示室でガラス越しに日常で使った食器や漆器など見ることができました。

Photo_3

庭です。池があります。

Photo_8

Photo_5

部屋です。この写真ではわかりにくいですが部屋の中の壁全体が金色に光っています。shine

Photo_6

「烏城西洋室」という喫茶店です。かつては応接室として使われたところです。抹茶セット(抹茶と黄粉棒の抹茶味)550円、ブレンドcafe450円をいただきました。(写真は撮り忘れたsweat02

Photo_10

もらったパンフをあらかじめ見なかったので、見どころの木製のらせんの吊り階段を見落としたことに、後で気づきました。

今度行ったときは、ちゃんと隅々まで見てこよう・・・などと思っても、残念ながらもう出来ません。

今年の11月30日をもって、甲斐本家蔵座敷の一般公開と烏城西洋室喫茶店は終了してしまいました。私たちが行ったのは終了2日前。うまく写真には残せませんでしたが、心に思い出を刻んで帰りました。happy01

2011年12月 5日 (月)

楽篆工房へ

福島県喜多方市の「楽篆工房(らくてんこうぼう)」へ行ってきました。

「楽篆工房」は2000年~3500年まえの古代漢字を、木や石に彫ったり書いたりしているお店。多くの著名人からも人気で、歌手の浜崎あゆみさんも、印鑑として使用してるという。

私たちは「るるぶ」にもある、ミニ下駄ストラップ(一つ1050円)に名前を書いてもらうことにしました。

名前を伝えると、店主の高橋政巳さんは私たちの名前に驚いて興味をしめした。

私の名前が、読みは違えど自分の娘と同じ名前だったのと、連れの名に自分の名前とおなじ「巳」という漢字が使われていたことが、何かの縁では?と思ったそうだ。

高橋さんは、生まれたとき死亡宣告を5回され、6回目で生き返った。それで親は子、丑、虎、卯、辰・・・の6番目である「巳」を名前に付けたそうだ。巳年生まれではない。過去を振り返ってみれば、「6」という数字は自分にとってラッキナンバーだった、と彼は言った。

紙には3000年前の文字を書き、下駄には2000年前の文字を書いてくれた。

Photo

菓子も販売していて、「白いアーモンド(ホワイトチョコではない)」(315円)はしつこくない甘さでおいしかった。「マカロン」(367円。なぜかせんべいと同じ扱いで少し値段高め)はクリームのない昔のタイプの菓子だった。

店子の犬が印象的だった。

しおり。downwardright

Photo

2011年12月 7日 (水)

雲嶺庵へ

福島県の「雲嶺庵」へ行ってきました。

現在のほまれ酒造の前身の加納酒造をつくった、唐橋幸作さんの邸宅です。

まず、駐車場から見えるのは、酒の入ったタンクなどがある工場。工場見学も無料で案内してもらいました。当たり前ですが木の酒樽などは無かったです。

Photo

ここの全商品の酒は、霊峰飯豊山の伏流水である「喜多方名水」で 仕込まれていて、超軟質で口当たり優しく、甘みが感じられるということでお茶やコーヒーにも合うとか。駐車場付近の給水所にも湧き出ていて、誰でも無料で汲むことが出来ます。

Photo_2

敷地の中に酒店があり何本か買ってきました。店の入り口。down

Photo_5

買う前にいろいろ試飲しましたが、私はふだんお酒を飲まないので、アルコール度18%のお酒を口に入れるたびににグホッとむせてしまいました。ふと「荒野の七人」のバーでの場面をを思い出してしまいましたよ。

Photo_3

今回買ったもの。日本酒2本、梅酒、ゆず酒。1個200円の日本酒の瓶のキーホルダー

サービスで梅酒を作った時の梅とおちょこをいただきました。

Photo_4

雲嶺庵の室内。北の海の写真。

1

部屋から見える庭。何故か庭の中央にぽつんと赤べこ牛さん。

2

ここは昭和25年に原生林をそのまま利用してつくった1300坪もある日本庭園で幸作さんの愛した庭です。段々に流れる小さな滝も見えます。この写真ではわかりずらいですが木々のほうから滝は流れています。

Photo_6

「雲嶺庵」の門。奥には創設者の唐橋幸作さんの像がみえます。

ここは、フリーアナウンサーの唐橋ユミさん(酒瓶に付いてる写真の方です。TBS「サンデーモーニングにもでてます)の生まれた家で、今はお兄さんが継いでいるそうです

私は、尾瀬あきらさんのまんが「蔵人(クロード)」で日本酒の魅力を知りました。みなさんも読んでみると日本酒とおいしいつまみが欲しくなりますよ。happy02

2011年12月 8日 (木)

猫のアリスの検査結果

私が旅行で不在だった先週の11月29日に、アリスは急におしっこが出なくなり病院へかつぎ込まれた。尿には血も交じっていて膀胱炎と診断されたが、糖尿病の疑いもあるといわれた。

もらった1週間の薬を飲みきったので、再度検査するために動物病院へ行った。

診察では、尾の付け根から注射器で採血をした。20分後に検査結果が出るという。 (尿は取れなかったので次回。出掛けにしてきちゃったから)

診察後にアリスをかごに戻そうとすると「ニャー!」と鳴き、足を突っぱねて入りたがらないので、しかたなく膝の上にのせて待合室で待った。

Photo

いい子でおとなしく待つアリス。

血液検査の結果は、14歳という年のわりに内臓は良好だという。1週間前には糖が多くて糖尿病の疑いがあったが、今回は糖はでなかった。先生が言うには過度のストレスがかかって一時的に糖が増えたのだろうといった。一日会えなかっただけですごいストレスに!?

膀胱炎は癖になりやすくぶり返しやすいというので、さらに2週間分の薬をもらった。

体調がいいときには散歩をねだる。玄関に張り付いて。

Photo_2

薬を飲んでるけど、すこぶる良好のようだ。

Photo_3

散歩中。

2011年12月 9日 (金)

はぐれオオカミのつぶやき

だいぶ前のはなしで記憶はあいまいではありますが、「トリビア」という番組で「一匹狼は何をしゃべるのか?」を調べたときのこと。オオカミに詳しい現地の人が遠吠えをすると、オオカミも遠吠えを返し、「バウリンガル(犬翻訳機)」で調べてみると、「ぼくにできることある?」という訳が出た。なんか胸にしみた。

そう、ひとりでいるからってみんなを見捨てているわけじゃない。いつでもみんなの役に立ちたいと思っている。

もの心ついたときから、家族がいても姉がいても、いつもひとりだった。姉は器用なので家業を手伝わされて親といっしょ。わたしはいつもひとりでテレビを見たり本を読んだりしていた。でもさみしいとは思わなかった。比較するものがなかったので、これが普通だと思っていたから。Photo

両親はいつも喧嘩してて「みんな殺されてしまう」とおびえるほど、家の中は殺伐としてることが多かった。

そんな空気がわたしから出てるのか、連むことはあっても「ともだち」はできなかった。

学校でも職場でも。

仕事はもくもくと普通にこなすけど、何故か反感を買う。悪口は言わないし意地悪もしないのに。困っていれば手を指し出したりするけど拒否される。

今までずっと「無口でも腕をあげればみんなとうまくやれる」と思ってきたが最近になってようやく、

おしゃべりできないからじゃないか?

という結論に思いついた。

どうやら世の中の女の人達は、仕事中でもみんなと仲良くおしゃべりしたいようだ。仲間意識というやつ?

でも今まで家族同志でも、なかよくおしゃべりというものをしたことがない。

だから人の会話のときはまるで縄跳びのように、入るタイミングが難しく、もたついてる間に話題が変わってしまうことしばしば。話題も提供できないし(言ったところで、それがなに?となる)、返事も「そうですね」意外浮かばない。

ニコニコうなずいてるだけでもいいらしいが、テレビっ子なのでうなずく習慣がない。やってみたけど途中からわけわからなくなってくる。

先日、自分にあった職業を見つけ面接してみたが、「みんなと仲良くやれる、その根拠は!?」と聞かれ言葉につまってしまった。またここでも「仲間意識」が重要で「仕事できる」は二の次ですか。電話が来ません落ちたようです・・・。

どこの職場でも嵐を起こしてるのは「リーダー」もしくは「お局」じゃないですか?

問題が起きてもリーダーがしっかりまとめあげられれば、嵐なんて起きないんじゃない?

みんな器用に嵐の波に乗れるけど、わたしそういうのに加わらないから障害物みたいで、いつも八つ当たりの対象になる。いろいろ理不尽なこと言われまくり。無口だから言い返せないから相手はいいたい放題。無口だから勝手な想像してうわさして、勝手に怒ってる。まったく意味わからない。

いい年して今頃になって「人付き合い」が出来なきゃダメなんだなぁって、気付いた。

それができれば勉強ができなきなくても器用でなくてもいいんだってことに気づいた。

世渡り上手なひとは全部じぶんでやってない。できない、得意でないことは人に任せて余裕な顔して、へまな姿を見せない。

頼る人がいれば苦手なことを無理してじぶんでやる必要はないんだ。

最近はどの職場もギスギスして軍隊のようです。足並みそろえないといけません。体力も必要です。群れからはぐれたら「死」がまっています。

まだ体も心もボロボロなのに再就職をしようとした自分が馬鹿でした

でも、わたしたちの年齢だと、「年金支給は70歳から」ということらしいので、60歳までに2400万円貯めなきゃならないんだけど・・・。

野良猫の狩り

うちの猫たちが忍者のように身を低くして、ベランダに走りこんだ。

こんな時はたいてい近くに野良猫が来ているとき。

ベランダから下をのぞきこむと、野良猫が鳥を狙ってるところだった。

Photo_2

後ろ脚をもぞもぞさせて突入態勢になったが・・・

Photo_3

飛び出せなかった。

Photo_4

鳥を追いかけて反対側にまわったが、やはりタイミングつかめず、飛びかかることは出来なかった。

Photo_5

ただ見守るのみ・・・。狩りは失敗に終わった。

2011年12月10日 (土)

会津 さざえ堂へ

Photo まだまだつづくよ福島旅行ばなし。今回は「会津さざえ堂」。

正式名称は「円通三匝堂 えんつうさんそうどう」という。国の重要文化財。

1796年の江戸時代後期に住職の郁堂が建立した。当時は阿弥陀如来を本尊として、スロープ沿いに西国三十三ヶ所の観音や百観音が配置され、堂内を一周するだけで巡拝できるようになっていた。今は仏像はなく代わりに「皇朝二十四考」(会津の古典的道徳書 二十四人の逸話)の絵と文が取り付けてある。

これはフランスにあるシャンボール城の中の、レオナルド・ダビンチ(1542~1519)設計のらせん階段のアイデアをもとに作られたという説もある。

Photo_2  Photo_4

外観。この壊れそうな不安定さがいい。Photo_3

龍がうねっている。

Photo_6

スロープ。中はらせん階段でまさに貝の中。上りの人と下りの人が会うことがない二重構造になっている。床は青竹踏みみたいで心地いい。気分悪くなるほど高くはなく、らせんでもないのに、3ヶ所に謎の短路通路(近道)がある。

Photo_7

この中に観音像があった。今は「皇朝二十四考」の絵と文だけ。文が固く重たそうなので読まなかった。場所によってはこういった棚の下に賽銭を入れる投入口があり、うまいこと1階まで集まる仕組みになってるそうな。

Photo_8

さざえ堂の下の景観。

10

さざえ堂の並びにある「白虎隊十九士の霊像」。中には少年たちを模した小さな像がたくさんある。

Photo_9 Photo_10

上のほうへ行くと、「白虎隊の十九士の墓」

右の白虎隊の少年像は下の入り口のあたりにあったもの。

shine     shine  おまけ フランス シャンボール城 shine  shine

レオナルド・ダビンチ設計のシャンボール城。1519年着工。(テレビで放映してたもの)

1

2

2011年12月12日 (月)

福島の名産品

福島県で1泊しました。

ホテルの1室に入ると、テーブルの上に「起き上がり小法師」3個が、サービスで置いてありました。

Photo

だるまさんと同じ、倒れないおもちゃ。(ここには載せてませんが福島県は「絵ろうそく」も有名ですよ。)

Photo_2

あと、名物の「旨辛みそ」(生姜がきいて辛かった)と売上NO・1という「ごまみそせん」(みそせんべい)そして「干し梅」がありました。

Photo_3

ホテル東鳳の夜のバイキング(ビッフェ)。福島の名物食がすべてそろっていたんじゃないでしょうか。写真にはありませんが、きびまんじゅう(道明寺饅頭みたいなかんじ)まんじゅうの天ぷら(名前のとおりまんじゅうを天ぷら衣をつけて揚げてある)のもありました。(この写真はほんの1部分で、もっとたくさんの種類の料理が用意してありました)

ごづゆ」「にしんの山椒漬け」「棒たら煮」は、福島のいろいろな博物館などで展示に登場してくる郷土料理です。

「ごづゆ」は、すまし汁に刻んだ里芋、糸こんにゃく、にんじん、丸麩、三つ葉が入ったもので、みやげ売り場には必ず「ごづゆセット」が置いてあります。

「桜刺し」も名物でいたるところで見かけます。馬の肉の刺身です。写真ではたべてしまったのでありませんが・・・。

「旨辛みそ」は、おでんによく合いました。

Photo_4

東北限定スナック。

「おとなのふりかけ」は、宮城県産「ずんだ」、岩手県産「前沢牛」、仙台発祥「牛タン」、青森県産「ほたて」の4種類の味が入ってました。

ホテルの窓からの景色。

Photo_5

朝8時。ずっと真っ白で何も見えなかったけど、少しずつ霧が引いてきていました。

2011年12月13日 (火)

ダメ人間の定義

「われわれはどこから来たのか。われわれは何者なのか。われわれはどこへ行くのか。」 フランス画家 ポール・ゴーギャン(1848~1903)  (1897~1898に描かれた絵のタイトル)

そして、わたしはどこへ向かい、どこにたどり着くのか。(by華木人)

自分探しの旅の中、ずっとさまよい続けている。自分のことは自分ではわからない。自分自身の評価と、他人がする自分に対する評価の驚くほどの大きな違い。一体まわりからどう見えてるというのだろう?今回その答えに値する会話を目撃した。(けっして高橋さんがダメな人と言ってるわけではない。秀でた女優の才能があるのだから)

2011年12月11日テレビ放送「ボクらの時代」から。気になったところ抜粋、独断と偏見で解釈。

ゲスト:高橋ひとみ(独身)、手塚理美(2人の子持ち)、中島唱子(外国人と結婚)

中島「どういう人が好きだったんだっけ?」

高橋やさしい人。怒らない人」

中島「昔、怒られてたの?エキセントリック(変わった人)な人とつきあってたの?」

高橋「なんか、怒りたくなるみたい。怒られやすいのかな?」

中島「(たぶん)イライラする(んだと思うよ)。なんかリズムがとりにくいタイプ?いい風に言えば。 ちょっとイラッとするよな・・・わかんないけど・・・あえて言わないけど・・・。あたしは好きだよ。ひとみちゃん(が)。ちょっと困った(顔の)ひとみちゃんがかわいいんじゃない?」

手塚「ちょっと天然入ってるからね」

中島「天然入ってる、それひとみちゃんの魅力だよね」

高橋「おかしいなぁ、(みんなと)おなじ血液型なんだけどね」

中島「そうなの?ABだったよね?」

手塚「ええ、ABどうし。でもこうみえてしっかりしてるのよ(ひとみちゃんは)」

中島「ああ、そうなんだ。できないふりしてるの?」

手塚「できないふりしてるの!(ひとみちゃんは)」

高橋「結構やろうと思えばできるみたい」

手塚「言いたいこともズバッズバッて言うし」

中島「言うの?」

手塚「わたしは面と向かってズバッって言えないタイプ。貯めてバーッと言うタイプ」

中島「溜まってって一挙にケンカすると、もう修復不可能だったりしない?」

手塚「ひとみちゃんケンカしてるのとか見たことない」

高橋「わたしは忘れちゃうんだよね。してほしいなと思ってもなんか・・・」

中島「カチンとこないでしょ?ある意味、自己中心じゃないのかもしれない。相手に合わせられる(性格)」

手塚「わりとやってあげちゃうよね。いろんなことね」

中島「そんなに穏やかで、居心地いいタイプなのに、なんで(彼氏)いないの?」

高橋「やさしさにつけ込まれるんじゃないけど・相手に合わせちゃうから(いろんなことが溜まって)やんなっちゃって、ちょっとずつ下がってってフェードアウト(自然消滅)する。なんか(文句)言えない。5年くらい嫌いなのに(付き合い続けて)。どれだけ辛抱強いんだか。次に好きな人ができれば違うんだろうけど」

中島「進む予定もない停泊した船みたいなかんじじゃない?次迎えにくれば乗っちゃえみたいな?」

高橋「迎えに来てくれればいいんだけど、自分からは迎えにいかない」

===中島さんのアメリカ人の夫ののろけ話を聞かされて===

手塚「外国人にしたら?(しょうこちゃん)誰か紹介してあげて」

中島「見た目はいいんだけどねぇ、ひとみちゃん」

高橋「中身が問題なんだよね。いろんな人に言われるんだよね。‘(見た目は)いいんだけどねぇ’

手塚「好き嫌いがはっきりしてるんじゃない?」

高橋「でも、面食いじゃないんだよ

手塚「結婚ってタイミングだからね」

===高橋さんの家族関係===

高橋「わたしは母と二人で2世帯になってるんだけど、母が料理大好きなんで、下に降りていけばごはんがある。それこそ母は最近はだんだん年をとってきて少しは静かになったけど、パワフルでお口が達者なんでスパルタですごい怖かったからだにどこかで大きな音が鳴ると「えっ!?」となっちゃう。それはたぶん大きな声をだされてるから(そのトラウマで)ピクッとしちゃう。母はひとりぼっちになりたくないから、姉も嫁いでいないから、また、一人暮らしをしたいなぁと思ったこともあったんだけど、またわたしが出て行かないように、(母は)あそこが痛いの、ここが痛いの(っていうの)」

中島「(ひとみちゃんには)穏やかさとか、育ちの良さがこう・・・(なんか見えるよね)」

高橋「たぶん、’あのねぇ~’と言っただけで、(母に)’ダメよ!’って言われて育ったから)。何をやるにも’ダメよ!’って。(それで穏やかに見えるのかな)。だから逆になりたいなぁ(きつい性格にはなりたくないの)。いつもやさしいいお母さんっていないのかなぁ?」

中島「やさしさを探してたんだ」

高橋「これ見たらお母さん泣いちゃうかもしれないけど」

中島「でも、厳しいって言っても愛情をかんじながら・・・そうでしょ?」

高橋「洋服を全部つくってもらったり・・・常に(母が)家にいるじゃない、だからさみしい思いはしていない」

Photo

tulip  tulip  tulip

なんか、自分の「考え」「性格」などが高橋さんとおなじだった。

つまり、度を過ぎた「きびしさ」を受けると「おびえた控えめな性格」になり、親が子供の代わりに何でもやってしまうという「甘やかし」は「人任せのくせがついて見た目出来ない人間」になる。そして周りの人から「イライラ」される。ということなんだろうかと。かもしだす雰囲気が変だとか、リズムが人と違う(挙動不審なのか?)という理由で人から嫌われるとしたら、本人には直しようがないよなぁ。

最後に新聞1990年1月28日付けの「あったか手帖」木原孝久さんの記事から。

親に「どんな子に育てたいか」と聞くと、「やさしい思いやりのある子」という答えが圧倒的に多い。

では、どうしたら思いやりのある子が育つか。どんな家庭環境で育ち、また性格特性をもっているのか。アメリカの「向社会行動」の研究結果を整理すると、(次のようになった)。

家庭環境:

同性の親に思いやりがある。兄弟が多い。お手伝いをよくさせられる。責任を持たされている。つまり大人扱いをされている。

本人の性格:

なによりも社交的、活動的、そして感情表現が豊かである。それだけでなく「適度に攻撃的」である。1つ間違うと「いじめ」になりかねないぐらいの積極性があるということか。それと「他人の助けを求めようとする」子でもある。

これらを具備した子というと、「おませな子」を思い浮かべる。思いやりのある子とは、要するに自立した子であった。

2011年12月15日 (木)

会津武家屋敷へ

福島県「会津武家屋敷(西郷頼母邸)」へ行ってきました。

西郷頼母(さいごうたのも)は、戊辰戦争(会津戦争1868年)に会津藩の旧幕府軍の総督をしていた方で、この戦争で家屋は一部焼けてしまったが、ここに修復移転された。

Photo

入口。奥の柔道をしている像は、養子の西郷四郎の像。小説「姿三四郎」のモデルになった人物。

Photo_2

表玄関。上級武士だけが通された玄関。妻の千恵子(人形)がお迎え。

Photo_3

お成りの間。お殿様がおいでになったときだけ使用されたお部屋。年に2回ほどしか使用されなかったとか。大河ドラマ「新撰組!」で使用された部屋。(松平容保役は筒井道隆さん)

Photo_4

自刃の場面。戊辰戦争の1868年8月23日早朝。敵が身近に迫り西郷家の女性たちは戦いの足手まといになりたくないと自害を決意した。白装束に着替え、辞世の句を詠み、千恵子(34歳)は9歳4歳2才の自分の子を刺すと、自刃した。16歳の長女細布子、13歳の次女多喜子も自刃した。敵の西軍藩士の中島信行が屋敷に侵入すると、死にきれずもだえ苦しんでる少女を発見。彼女はもうろうとしながら「敵か?味方か?」と聞き、あわれんだ中島が「味方です」と答えると、安心した表情で介錯をたのんできた。彼はとどめを刺すと、その場で号泣した。という場面。(中島信行は坂本龍馬が1867年に死ぬまで海援隊にいて、その後陸援隊に入った。このことからこの場面の男は中島信行ではないともいわれる)

Photo_5

母子が自刃した部屋。別の部屋では頼母の母(58歳)、親戚の小森家族5人、町田家族3人、浅井家族2人も自刃。この屋敷で合計21人の女性が亡くなった。

Photo_6

左の写真はトイレ、右はお風呂。お湯は防災上、台所で沸かし手桶で運んでいた。残り湯は肥料に使用された。

20

台所。

22

他もろもろ。

17

敷地内にある。「旧中畑陣屋」代官所。

18

千利休の子、少庵が作った茶室(嶺南庵)

19

佐々木只次郎三郎の墓。(坂本龍馬を斬った男)

2011年12月16日 (金)

鶴ヶ城へ

福島県の「鶴ヶ城(若松城)」へ行ってきました。

鶴ヶ城は、1384年に建てられ、1874年に壊された。1965年にコンクリート造で外観復興再建され、中は若松城天守閣郷土博物館になった。赤瓦(あずき色)がポイント。

歴史:1868年の戊辰戦争のときに会津藩は必死で鶴ヶ城を守っていた。戸の口原の戦いに敗れ飯盛山へ逃れた白虎隊(16歳~17歳の少年たち)20人は、黒煙に包まれる鶴ヶ城を見て、城が落ちたと勘違いし切腹、自刃した。

Photo_2

鶴ヶ城。入口から中は撮影禁止。だいたいはパネル展示。白虎隊の肖像画と各個人の紹介が書かれていた。城復元の歴史のミニシアター、本物と同じ重さの銃、剣を持つことが出来るところもある。係員の男は武者の格好をしていた。

Photo_3

最上階の「展望台」からの眺め。この日は外国人観光客でいっぱいだった。

Photo_4

1階まで降りるとおみやげコーナーに出る。奥にも展示コーナーがあるけど’城の歴史なら上で見たよ’という気分で他の観光客と同じようにスルーしようと思ったが、でもせっかくだからと入ってみると・・・

Photo_5

そこは当時を復元したスペースだった。「南走長屋干飯櫓」という。けっこうな見どころではないか!?

Photo_10

でも観光客は誰ひとりいない。石つぶてを落とす男と銃で敵を狙う男(人形)だけがさみしく存在していました。

Photo_6

あまり客が来ないので力入れてないのか、ちょっと物置なかんじ。

Photo_7

外にから見るとこの場所となる。

Photo_8

城壁の上を歩いた。いずれここの建物も復元するという。

「茶壺やぐら」は茶器や武器を入れてた建物。すぐ下に茶室がある。そばの石垣は’高さ20メートル余で城内で最も美しい扇勾配をなし「忍者おとし」ともよばれる’とある。

「月見やぐら」は武器を入れてたところ。月見するのに絶好の場所だった。

「鶴ヶ城稲荷神社」600年前にお城が出来たころから祀られていた。もとは三の丸にあったもの。

「廊下橋」は東の二の丸と本丸を結んでいた橋。かつては屋根付きだった。

Photo_9

千利休の子、少庵が建てた茶室。「麟閣(ろうかく)」

昔、豊臣秀吉の怒りをかった千利休は死を命じられた。そのとき会津領主の蒲生氏郷が、利休の茶道がとだえるのをおしんで、千利休の子、少庵をかくまった。このときに少庵が建てた茶室。

2011年12月17日 (土)

東部ガス・クリスマスフェアへ

東部ガスの「クリスマスフェア」へ行ってきました。

我が家のお風呂はガス釜を使用してるのだけど、2週間前に突如点かなくなって、今回買い替えることにしたのです。

お風呂が沸かせないというのは本当に不便で、家人とケンカになりました。「近くの銭湯は好きじゃないから、5キロ離れた温泉に行きたい」と家人は言い、「そんな遠くまで行くのはちょっと・・・。かといって実家で借りるのもなんか嫌だな」とわたしがいうので「じゃぁどうするんだ?」と険悪な空気に。でもなぜか、次の朝になったら、ふつうに風呂が沸かすことが出来たので、よかったけど。

2日後にガス屋さんに見てもらったら、10年以上経っているので買い替えの時期ではあると言われました。

東部ガスのホームページを見たら、近々フェアがあるのがわかったので、この日に買えば安く済むかもと、期待大。今日まで風呂釜が壊れずほんとよかった。

Photo

東部ガスの店内にはクリスマスツリーが。商品にも飾り付けしてありました。

Photo_2

イベント会場。来場者にはくじが引けます。(右の写真はきりたんぽとポップコーン配っている)

Photo_3

くじの1位は「クリスマスケーキ」です。3年前の別の時期に来たときは1位の商品はは「ディズニーランドのチケット」だったし、屋台も「やきそば」「ポテト」「ジュース」「風船」などいろいろあったけど、今回は冬で寒いし室内だけのイベントだから規模は小さいのかな。(別に文句を言ってるわけではないよ。フェアは年3回以上やっているからいろいろなパターンがあるということです)

Photo_4

当ったのは3等でした。

Photo_5

秋田名物「きりたんぽ」を実演してました。

Photo_6

こねて棒に刺したら、ガスの魚焼きグリルで焼く。(ガスのグリルの使用例を見せてくれてるわけですね)。きりたんぽはもちろん無料。

ガス釜はどうなったかというと、定価で取り付け予約してきました。いまどきガス釜は流行らないので特売はしてなかったのす。いまは電気の時代なので。

追記:2011,12,24 後からもらった見積もり見たら、かなり安くなってました。誤解をまねく失言をしました、すみません、。weep

2011年12月19日 (月)

大内宿へ

福島旅行、最終話。「大内宿(おおうちじゅく)」へ行ってきました。

大内宿は江戸初期にできた宿場町で、会津藩が会津と江戸を結ぶ幹線道路の一つとして整備し、参勤交代の際にも利用した重要な街道だったところ。いまは重要伝統的建造物群保存地区にしていされています。

Photo_2 

入り口はふつうに見えますが

Photo_3

かやぶき屋根のお店が立ち並びます。店が縁側だけで営業してるところが昔っぽくて風情があります。

Photo_4

ここは、ねぎを箸代わりにして食べるという有名な蕎麦屋「三澤屋」。テレビでよく見かけます。

Photo_5

この上から大内宿を見下ろすことができます。階段は急なのでちょっとしんどいのですが、上ると・・・

Photo_6

こんなかんじです。過去にタイムスリップです。

Photo_7

上には子安観音と稲荷神社があります。

Photo_8

お昼はせんべい屋さんの「山形屋」へ入りました。連れは「イワナの塩焼き」をたのんでたべましたが、イワナが山間部でしか食べれないと知っていたらわたしも注文したのに。帰るころに言うから食べそこなってしまいました(写真で釣り下がってるのがイワナ)。

Photo_9

岩名(イワナ):日本のイワナ類は、生息する地域、河川によって形態が少しずつ異なる。河川の最上流の冷水域などに生息。渓流釣りの対象として人気がある。

店の中で女の人がそばを打っていました。こねて伸ばして切って、私たちが食べてる間に、てきぱきとこなしている。さすがプロだなぁと感心して見入ってしまいました。

帰ろうと立ち上がると、いろりで何かを煮ています。「栗?」かと思ったら、「とちのみ」というもので、煮て餅にするそうです。買って帰ろうと店先に行くと、店内で食べるのしかしてないという。あきらめてせんべいを買って出た。

今度は、向かい側の方にあるお店を散策。「金太郎そば 山形屋」でいろいろな変わりみそを生の大根のつけて試食した。新商品という「にしんみそ(にしんの魚が混ざっているみそ)」とプレーンのみそを購入。おなかいっぱいになって次の店へ。

すると、「山形屋」のとなりの「そば処 こめや」で、さっきの「とちもち」に出会った。前の店を去る時には「おなかいっぱいなので」と言ったのに、こんな目と鼻の先で食べてるのは気が引けるなぁと思ったけど、せっかくなので、食べることにした。

Photo_10

もちは茶色で、つきたてのようにやわらかでおいしかった。

栃の実(とちのみ):日本では特に東北地方に分布している。国語の教科書に採用されている斉藤隆介の「モチモチの木」に登場する木は、このときの木である。

Photo_11

買ったみやげ。もうすでにいろいろなところでみやげを買ってるので、残念ながらこれだけ。

2011年12月21日 (水)

心を閉ざした子

Photo_2

4年前に見かけた親子。ジュースを出さなかっただけなのに、見てたこっちが飛び上がらんばかりに驚くほどの大きな音をたてて、母親がこどものあたまをたたいていた。女の子はたぶん3歳くらい。障害児には見えず、いや、むしろ障害児だったらなおさら、そういう扱いはよくないけど、手におえない状態でもないのに、ひどいと思った。

もしわたしが 言葉巧みだったなら、やんわり親のプライドを傷つけない感じで、ちょっと子育てミニ知識をよそおって言い聞かせられたのに。でも、日頃からわたしの発言は相手に伝わらないことが多いから、何も言えなかった。「次回会ったときにはきっと」って思ってたが2度と会うことはなかった。

ウィキペディアの「心的外傷後ストレス障害」の中の「戦闘ストレス反応」のところには、

’閉じ込められた孤立無援の状態におかれたり、殺されるという恐怖から、気を緩める暇もないという状況は、「金切りすすり泣き」「金縛り」「感情マヒ」「無言・無反応」「著しい物忘れ」の症状を引き起こす。’とある。(ちょっと要約しました)

アメリカのロックフェラー大学にある神経内分泌学研究所の研究結果によると、

「繰り返し受けたストレスは脳を委縮させ、免疫も落ちる」という。

性的暴行を受けた子は、後頭葉の視覚や空間認知をつかさどる「一次視覚野」の脳に萎縮がみられ、「注意力」と「視覚的な記憶力」の低下がみられた。(気が付かない、見えない)

言葉の暴力を受けた子は、側頭葉の聴覚をつかさどる「上側頭回」の脳と、頭頂葉にある言語を理解する部分の脳に萎縮がみられた。(聞きとれない、話が理解できない)

性的虐待の場合は、その行為や相手の姿を見ないようにするため、言葉の暴力をうけた場合は、自分を傷付ける言葉そのものを聞こえなくするため、無意識の防衛本能によって悲しい進化をした結果そうなるという。

虐待までもいかなくても、「ストレス」「恨み」「心配」などでも、赤血球のつくりが悪くなったり体温がさがって免疫がさがる。精神障害、人格障害などの病気にもなりやすいという。

テレビ「世界一受けたい授業」でも、手の甲を他人につねられただけでも血流が悪くなった実験場面が映されていた。けっこう人はストレスを感じやすいのだ。

<萎縮した脳は改善できる>

脳は回復力がきわめて高いため、「心理療法」、「認知行動療法」「薬剤」の組み合わせにより正常な状態に近づけさせることができるという。

テレビ「ホンマでっか!?TV」では「知らない土地に旅行する」方法が、「戦場ストレス」(に値するストレスにも)きくといっていた。

十分な睡眠」「活動的になる」「健康的な食生活」も心掛ける。

「好奇心」「嫌なことを忘れるほど何かに夢中になること」が大事だという。

こどもを甘やかそうと言ってるのではなく、日常の子供の表情から「笑顔」「親に甘える行動」「みんなとふざける」といった行動がなくなってたとしたら、それはたぶん叱りすぎではないだろうか?とわたしは思うのだ。

参考:「医療健康 西日本新聞」

    「ウィキペディア・心的外傷後ストレス障害」

    「五感プロデュース研究所」

2011年12月22日 (木)

アリスの通院

11月29日に、猫のアリスが血尿になって以来、毎日、尿の良く出る薬を朝、晩、母が飲ませています。子育ての経験があるので、手際がいい。

Photo

昨日は、薬飲んでから2週間たったので、検査をしにアリスをつれて動物病院へ行きました。

雄猫レオンの健康診断もかねたので、3時間かかって疲れました。

猫たちもその間ずっとかごの中に入れられたままだったのでつらかったと思う。レオンは6キロあるので糖尿病の疑いがあるといわれました。(アリスは3キロ。)

アリスも糖尿病の疑いがあったけど、このとき病院では尿がとれなかったので、今日再び、アリスの尿を持って病院へ行きました。

Photo_2

出掛けるときアリスは、ただならぬ空気に、また病院へ連れて行かれるとおびえて隠れていました。

Photo_3

今日は、尿を調べるだけなのでアリスはお留守番です。

検査結果は、正常でした。糖尿病ではなかった。ほんとにストレスで病気になったようです。わたしが旅行へ行ったばかりにアリスは災難です。

先生からは、レオンもアリスもc/dという病院食だけ食べさせるよう言われました。これからはおやつなしです。ふつうのねこ缶も食べられません。

なんか闘病の時期に突入したのかと思うと落ち込みます。

そんな歳になっちゃたのかうちの猫は・・・。

Photo_4

今日もまた、1時間半も病院にいたので疲れてしまいました。この先のこと考えると、もう落ち込んでこたつでふて寝するしかない。猫たちは私が起きるのを待ちつつ一緒に昼寝してくれました。

室温14度とはいえ、1時間も寝てたら暑さでのぼせて気持ち悪くなってしまいました。からだがだるい・・・。

マリア、おまえは平気なの?どっぷり入っているけど。

Photo_5

明日から毎日、猫たちのダイエットがはじまります。おやつなしなんてかわいそう。食べることが楽しみだったのに。

めざせ、4キロ。

2011年12月24日 (土)

マロンケーキつくりました

マロンケーキ、つーくーりーましたnote(AMEMIYAの冷やし中華はじめました風で)

クリスマスケーキは、簡単に市販のスポンジに生クリームといちごで作ろうと考えてたら、家人がモンブランがいいというので、急きょ変更になった。

マロンクリームは生栗が必要。秋ごろに言ってくれれば冷凍保存しといたのに。

NHKの「あさイチ」で栗の甘露煮を使ったマロンケーキを紹介してたので、これを真似することにしました。(スーパーなどのお店には15センチのマロンケーキがいつでも売ってるけど、スペシャルっぽくないので今回はパスよ。)

まずはスポンジ(ジェノワーズ生地)をつくります。(年に1度くらいにしか作らないので、成功するかドキドキ。)

Photo

用意するもの:21センチのマンケ型、クッキングシート、泡立て器、ヘラ、大きなボウル2個、はかりなど

材料:小麦粉125g、たまご4個、砂糖125g、バター40g

①型に油を塗ってシートを張り付けます。

②砂糖は塊がないようにふるい、別に粉も3回ふるう。

③オーブンを180度の余熱スイッチいれる。

④大きなボウルに砂糖と卵を割りいれ、湯せんにかけながらハンドミキサーで泡立てる。ひと肌の温度になったら湯せんからはずし、垂れおちる形がリボン状になるまで泡立てる(私は素人なので10分くらいかかった)(これは共立て法というやりかたです)

Photo_2

⑤粉を加え、バターも加えて手早くへらでさっくり混ぜる。

⑥型に流し込み、型を軽く台に打ち付ける(5㎝くらいの高さから落とすかんじ)。

Photo_3

⑦180度のオーブンに入れて、30~45分焼く。(今回は30分で焼きあがった)

Photo_4

焼きあがったものを冷まして、

Photo_5

上表面を切り取り、横に2等分しました。(台に打ちつけるのを忘れたので気泡が大きいsweat02

マロンクリームは、「あさイチ」でやってた‘栗の甘露煮をつぶしてペースト状にする‘にしてみた。

Photo_6

写真は1個100円の栗の甘露煮。

2個のうち1個はペースト、もう1個は飾りに。(中にも挟むならもう1瓶必要)(瓶を開けるのに一苦労しました。次回は高くても袋にします)

Photo_7

栗の甘露煮マロンケーキの完成です。(21センチ丸型)

食べてみると、ほんもののマロンケーキほど栗の味は主張してないけど、ほのかに甘露煮の味がするくらいのやさしい味でした。

材料費は、小麦粉1キロ148円、砂糖1キロ100円、たまご10個100円、バター1箱348円、生クリーム1個100円、栗の甘露煮1個100円を使用したので、しめて443円くらいでしょうか。光熱費はちょっと計算できないや。

本当の「マロンクリーム」のつくり方は、

材料:栗500g(中身300g)、牛乳300cc、砂糖大さじ4、バニラビーンズ3分の1本、ラム酒大さじ1

①鍋に栗と水を入れ中火で20分ゆでる。ゆであがったら中身をかきだす。

②鍋にかき出した栗、牛乳、バニラをいれ、かたまりをつぶしながら弱火で水分が少なくなるまで煮る。

③砂糖を加え、水分が少なくなるまで煮る。

④火からおろし、裏ごしし、ラム酒を加えまぜる。

Photo_2

2011年12月26日 (月)

手袋人形であそぶ

昔からこの遊びはありますが、遊んでるのを見たことがないので載せてみました。

001

まず、ふつうに両手の手袋を用意します。わかりやすく色違いにしてみました。

002

片方を裏返します。

003

裏返したのを挟み縛ります。

大きめの手袋の場合は、このとき中の指1本を外に出すように伸ばします。(小さい手袋は完成後に引き出すことが出来ます)

004_2 

裏返したものを、裏返します。人形の帽子になりました。

005_2 

親指をひっこめます。

Photo

完成です。

さっき引き出しておいた指が帽子のボンボンのなるわけです。

手袋は、軍手くらい大きいほうが形はよくできます。中に入れる指の形はVサインの形(またはじゃんけんのチョキ)で。人形の首の当たりには指は入りません。

012 013_2 

こんなかんじです。待ち時間などのヒマなとき子供と遊んでみよう。

Photo_2

後日、こうした手袋で遊ぶ本がテレビで紹介されてました。downwardleft

「てぶぐるみ」 笹川 勇著  池田書店

今のあそび方は、もっと進化しててすごいね。

2011年12月29日 (木)

れんこんとピーラー

私の愛用しているピーラー(皮むき機)。

Photo

ピーラーの良さを知ったのはごく最近のことで、それまでは包丁の苦手な人の使うものだと思っていた。

でも、使ってみるととっても便利。

皮が包丁で切るより薄くそぐことが出来る。皮まで食べる人には関係ない話だけど、ごみが減るし、きわまで食べられるという利点がある。

また、魔法のように早く皮をむくことが出来る。

Photo_2

ピーラーは向きが大事で、使い慣れない人がつかうと正面から皮をむこうとする。これだとむいた後に皮が実に残ってしまう。

向きは、横に添えるとむいた先から下に落ちるので手間が省ける。

Photo_3 Photo_5

大根、人参(うちでは鮮度がいいときは皮はむきませんよ)、ジャガイモ(ジャガイモは小さい煮で爪や皮膚をむかないように注意が必要。ピーラーのフック?のところでくぼみの皮をむきます)

特に包丁の入りの悪い「れんこん」には最適なんです。

れんこん」は、買ってから少し日にちが経つと黒ずみ腐ってダメにしてしまうことがしばしば。光、空気、乾燥に弱いので、あまり日持ちがしません。

よく言われる保存方法は、

●濡れた新聞紙にくるみビニール袋に入れ野菜室にしまう。(これだと中が見えず、また開くのが面倒くさい)

Photo_6

私が普段してるのは「冷凍保存」。ネットで調べると冷凍法もいろいろなので自分で確かめてみるしかないようです。

皮をむきスライスして、酢水でゆでてから水の中で冷まし、水気をふき取ってからフリージング袋にいれる。

皮をむきスライスして、酢水にさらし軽く洗って水けをふきフリージング袋に入れる

皮をむきスライスして、フリージング袋に入れる。(私のずぼらなやり方です。酢につけないので多少仕上がりに青みがかったところが出来ます。濃い味付けでは目立ちません)

どれも、凍ったまま煮物、炒めものに使うというところが共通点です。

また、昨日ネットで調べて見つけた保存法ですが、これはすごそうです。Photo_7

ただ、水につけるだけ。

皮をむいても、むかなくても、水につけただけでかなり日持ちするそうです。

もともとれんこんは水の中で育つ野菜だから、この方法が適切なのかもしれませんね。

次のは、冷凍れんこんを使って作った料理です。私の好きなおかずです。

「ベーコンとれんこんのきんぴらPhoto_8

れんこん   1節(250グラム)

ベーコン    35g(3個パックの1個)

◕一味とうがらし とうがらし一本分

◕酒  大さじ2

◕砂糖 大さじ1

◕しょうゆ 大さじ2

①小さめのフライパンにサラダ油大さじ2を入れ、れんこん を半透明になるまで炒める。 

②ベーコンと調味料を加え、汁けがなくなるまで炒める。

煮合いPhoto_9

ごぼう 1本 (マッチ棒の太さ)

人参 中1本 (マッチ棒の太さ)

れんこん 1節分(皮をむきスライス)

干しシイタケ 5枚 (もどして千切り)

白滝 1袋 (湯通しして7センチ位に)

油揚げ 1枚 (短冊切)

◕だし汁 100cc

◕しょうゆ 大さじ4

◕砂糖 大さじ1と2分の1

酢大さじ2

①鍋にサラダ油大さじ3入れ、具材を上から順番に入れ、炒める。

②だし汁を加え、しょうゆ、さとうも加え、中火で15分煮る。

③酢を加え、よく混ぜたらふたをして、火を止め蒸らす。

 

「ゴムべら」

私の愛用してるものに、「ゴムべら」がある。100均で買ったものだけど、なかなかいいものである。

長いゴムべらと違ってしなり、よく鍋に付いたものをこそげ取ってくれます。

カレーなどのとろとろ系や、ひじきの煮物など、箸ではすくいきれないものがスッキリとれます。おすすめです。

Photo_10

みんなが知ってる、当たり前の話ですが、ときたまテレビに映る年配の女の人がれんこんを包丁で皮をむいてるのを見かけるので、載せてみました。

2011年12月31日 (土)

うちの今年のおせち

年々、幸せになるために歳神様を迎える準備をしなきゃという気持ちになってくる。

とくに、神様を迎え入れる料理、「おせち」を用意しなきゃって。

今年は猫の病院通いで時間がつぶれてしまったので、時間のかかるおせちは作れなかった。

そもそもおせちは家族総出でやるもので、ひとりで作るものではない(とわたしは思っている)から、全種類はつくれなくてもいいんじゃないか?ということで、ちょっと手抜きですが、これが今年のおせち。

2012

去年は、「かずのこ」「錦たまご」などもつくりましたが今回はできませんでした。

今回は「松前づけ」「なます」「栗きんとん」「煮物」だけ。これのほかは買ったものです。

うちはお弁当のようにひとりひとりの食べきりサイズのお重にいれます。あのお重の中のおせちが食べ散らかした感じになるのが好きになれないのです。

子供のころは、おせちがおいしかったという記憶はないけど、最近では松前漬けやなますが特においしく感じるようになりました。

年配の人ほどおせちを手作りするというのはわかる気がします。

ただ、「伊達巻」は手作りはしない方がいいと思います。市販のあの味にはならないからです。市販のはカステラみたいな味ですが、手作りは焼きかまぼこ味になります。レシピを見ればわかりますが、主な材料は白身魚や蒲鉾だったり。だれがつくっても焼きかまぼこ味になります。少なくても私の周りの人達、料理の先生も含めてそうでした。焼きかまぼこ味のほうが好きな方はどうぞ。happy01

おせちを作り出したのはここ数年なので、まだたいしたものは作れないけどそのうち昆布巻きなども挑戦しようかと思います。

新年もよろしくおねがいしますheart04

おまけ・「市販の切り餅の焼き方」

①オーブントースターで5分位ふくらみはじめるまで焼きます。(この時点ではまだもちの中は固い)

②ここで電源を切りそのままトースターの中に2分放置します。(これで中までやわらかくなります)

*餅がふくらみはじめたら目を離してはいけません。または、やわらかくなるまで焼こうとすると、中身が飛び出たりして、面倒なことになりますのでご注意ください。

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »