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2011年12月16日 (金)

鶴ヶ城へ

福島県の「鶴ヶ城(若松城)」へ行ってきました。

鶴ヶ城は、1384年に建てられ、1874年に壊された。1965年にコンクリート造で外観復興再建され、中は若松城天守閣郷土博物館になった。赤瓦(あずき色)がポイント。

歴史:1868年の戊辰戦争のときに会津藩は必死で鶴ヶ城を守っていた。戸の口原の戦いに敗れ飯盛山へ逃れた白虎隊(16歳~17歳の少年たち)20人は、黒煙に包まれる鶴ヶ城を見て、城が落ちたと勘違いし切腹、自刃した。

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鶴ヶ城。入口から中は撮影禁止。だいたいはパネル展示。白虎隊の肖像画と各個人の紹介が書かれていた。城復元の歴史のミニシアター、本物と同じ重さの銃、剣を持つことが出来るところもある。係員の男は武者の格好をしていた。

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最上階の「展望台」からの眺め。この日は外国人観光客でいっぱいだった。

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1階まで降りるとおみやげコーナーに出る。奥にも展示コーナーがあるけど’城の歴史なら上で見たよ’という気分で他の観光客と同じようにスルーしようと思ったが、でもせっかくだからと入ってみると・・・

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そこは当時を復元したスペースだった。「南走長屋干飯櫓」という。けっこうな見どころではないか!?

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でも観光客は誰ひとりいない。石つぶてを落とす男と銃で敵を狙う男(人形)だけがさみしく存在していました。

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あまり客が来ないので力入れてないのか、ちょっと物置なかんじ。

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外にから見るとこの場所となる。

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城壁の上を歩いた。いずれここの建物も復元するという。

「茶壺やぐら」は茶器や武器を入れてた建物。すぐ下に茶室がある。そばの石垣は’高さ20メートル余で城内で最も美しい扇勾配をなし「忍者おとし」ともよばれる’とある。

「月見やぐら」は武器を入れてたところ。月見するのに絶好の場所だった。

「鶴ヶ城稲荷神社」600年前にお城が出来たころから祀られていた。もとは三の丸にあったもの。

「廊下橋」は東の二の丸と本丸を結んでいた橋。かつては屋根付きだった。

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千利休の子、少庵が建てた茶室。「麟閣(ろうかく)」

昔、豊臣秀吉の怒りをかった千利休は死を命じられた。そのとき会津領主の蒲生氏郷が、利休の茶道がとだえるのをおしんで、千利休の子、少庵をかくまった。このときに少庵が建てた茶室。

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