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2012年1月16日 (月)

ウルトラマン・アート展へ

ウルトラマン・アート展を見に行ってきました。

メトロン星人が来訪してました。

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今後の日本について話し合ってみました。「このままではだめだね」といってました。

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「ウルトラマン」1966年~1967年テレビ放送。全39話。

逃走した宇宙怪獣ベムラーを追って地球にやってきたウルトラマンは、不注意で科学特捜隊の機体と衝突ハヤタ隊員を死なせてしまう。責任を感じたウルトラマンは自分の命をハヤタ隊員に分け与え一心同体となり、宇宙人や怪獣を相手に科学特捜隊のメンバーとともに戦うのだった。

有名な場面:

・変身の際、ベーターカプセルと間違えてカレースプーンを目にかざしてしまう。

・最終回、ウルトラマンが怪獣ゼットンに負ける。(大仁田厚と前田日明はこどものころこれを見て、ゼットンを倒して敵を討つと思いから格闘家になったという)

ウルトラマン:身長40メートル。体重3万5千トン。年齢約2万歳。飛行速度マッハ5。趣味読書。職業 宇宙大学教授、宇宙警備隊銀河系局長。

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「ウルトラセブン」1967年~1968年テレビ放送。全49話。

M78星雲から地球観測に来た恒点観測員340号は、侵略の危機にさらされてる地球を守るため、人間の姿となりモロボシ・ダンと名乗って、ウルトラ警備隊の一員となり戦う。自分たちに協力する真紅の宇宙人のことを「ウルトラ警備隊7人目の隊員」の意味を込めて、「ウルトラセブン」と命名した。

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ウルトラセブンは考えさせられるようなく問題作が多い。最近ではその脚本をした金城哲夫さんの話が特集されてるのをよくみる。金城さんのウルトラセブンには沖縄の現状が投影されているという。

金城哲夫1938年~1976年。脚本家。沖縄出身。

1963年、円谷プロダクションに入社。「ウルトラQ」「ウルトラマン」「快獣ブースカ」「ウルトラセブン」などの脚本を手掛け頭角を現す。

1969年、円谷プロダクションの経営悪化により大きなリストラが起こり自ら社を去る。

その後沖縄に戻り、沖縄につくすがうまくいかず、失意のなか、1976年泥酔して2階の仕事場の入り口付近から転落、脳挫傷で死亡。享年37歳だった。

(沖縄は古来から琉球王国とよばれ、世界の貿易の中心的な存在であった。1879年に日本に滅ぼされ、ぞんざいな扱いを受け続ける。1940年~1972年はアメリカの占領地にされ、島民は独立するために闘っていた)

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ウルトラセブンの放送の時は、怪獣ブームは下火になっていたので、人気はなかった。再放送の繰り返しで人気が出て、いまや知らない人はいないほどの認知度となった。

展示場で写真が撮れたのはここだけでした。別の部屋には怪獣のデッサン、台本、フィギュアが展示してありました。

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今日は最終日だというので、一人に1枚はがきをいただきました。

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