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2012年1月 6日 (金)

水戸八幡宮で初詣(前編)

初詣に「水戸八幡宮」へ行ってきました。

水戸八幡宮の由緒:

佐竹義宣(いとこは伊達正宗)が1589年に馬場八幡宮から八幡大神を水戸城西八幡小路に奉斎し、1598年に御本殿を建てた。1602年に徳川家の所領になった。以来、水戸藩主代々の崇敬社となった。(ややこしい話なのでこのくらいで勘弁)

農業、工業、商業の神、厄除け、子育て、戌亥年生まれの守護神として信仰される。

御祭神:

誉田別尊(ほんだわけのみこと・第15代応神天皇、201年~310年)Photo_2

息長足日売尊(おきながたらしひめのみこと、神功皇后。誉田別尊の母。夫の死後、妊娠してる体で朝鮮出兵し、戦わずして新羅に勝ち、高句麗、百済とも朝貢を約した強い女性。明治時代には日本初の女性肖像紙幣になった。右の紙幣はウィキペディアから)

姫大神(ひめのおおかみ、神道の神、日本固有の神様)

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入口。

Photo_9

小さめの舎がたちならぶ。

Photo_10  2_2

奥にある一つの建物の中にだけ作り物の馬がいる。むかし馬を奉納してたのでその名残だろう。

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「随神門」。水戸市指定有形文化財。出店でよく見えないので、ホームページにあった写真を右に。門の両脇の舎の中には右大臣、と左大臣が鎮座している。

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拝殿。水戸市指定有形文化財。

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御本殿。国指定重要文化財。

水戸八幡宮に伝わる「火伏せ神」のはなし(要約)

むかし、江戸の神田明神のお祭りがあり、神田佐久間町はイザナギとイザナミが天の浮橋に立つ姿の美しい花車をつくり、ねり歩きました。

ところがその晩、佐久間町から大火事が起こってしまいました。町の人たちは縁起をかついで、その花車を深川のある町に売り渡しました。

次の年、富岡八幡のお祭りにその花車を出したところ、その晩大火事が出てしまいました。花車は今度はいわれを知らない水戸馬口労町(今の末広町)にゆずられていきました。

そして、花車を八幡さまのお祭りに出したところ、その晩またしても大火事になってしまいました。

馬口労町に人たちはあとでこの因縁を知って驚き、イザナギ・イザナミの神様を引きまわしたから罰があたったのだと思いました。そして、その花車は八幡宮境内社の二神宮の中に奉納され、その後1度も出されていないという。

太平洋戦争で空襲をうけたとき、水戸の町は一夜にしてほとんど焼けてしまいましたが、八幡宮は難を逃れて無事でした。守ってくれたのでしょうか?

このことから、はじめは「火を好む神」といわれてきましたが、今は「火伏せの神」といわれ信仰されるようになったということです。

というはなしを帰宅してからホームページで見たけど、イザナギとイザナミの祀られてる「鎮火之神二神宮」はどこにあったのだろう?花車は作られて間もなくでしまわれたなら、今も美しい姿をしてるに違いない。見たいものだ。

つづく。

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