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2012年6月23日 (土)

分量は適当に



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料理の分量がはっきりしたのは、戦後になってからのようで、その以前は目分量だったらしい。

新聞の「異才列伝」の「香川 綾」の特集には、

戦後間もない当時、料理学校でも調味料は「ほどほどに」「おいしい味になったら」などあいまいに説明され、味の決め手は「愛情」などと言われていた。
さらに長さの基準は終戦後にメートル法で統一されたものの、重さはグラムと匁(もんめ)が混在。
度量衡法で規定されないティースプーンなどは物によって容量に違いがあり、アメリカ式の「1カップ=240㏄」といった基準も流入してきた。

物差しがバラバラでは教える人によって味が変わり、塩分や糖分を正確に定量することもおぼつかない。

1948年、香川は、200㏄の計量カップ15㏄の大さじ5㏄の小さじを開発し単位として位置付け、「大さじ2」「小さじ1」「カップ2分の1」などと定め、誰もが簡単に味付けできる料理カードを広めた。 

とある。

香川綾(1899年~1997年)は
母方の祖父が紀州藩の食膳係をしていて幼い時から食生活の大切さを教えられて育ってきた。
14歳の時に母親を肺炎で亡くしたことに衝撃をうけ医師を志し、「胚芽米に含まれるビタミンB1が脚気の治療に効果を及ぼす」という研究で、「食べることで病気を治したり、予防できる」ことに感動する。
「病人を治すだけでなく、病人を作らないのが医者の役目」と常に言ってたそうだ。
「料理の鉄人」の岸朝子の女子栄養学園時の師でもある。

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ちなみに、「メートル法」は、新聞の「サザエさんをさがして」の「ものさし」によれば、

(メートル法は、明治22年ごろに入ってきて、1951年に、今まで日本にあった「尺貫法」を本格廃止がはじまった)

日本の計量の単位が、計量法の定めでメートル法に統一されたのは1959年の元旦からだった。

そらまでの日常の暮らしは、じつに多種多様な単位が入り混じり、

買い物では、米や酒は「升、合」、肉や野菜なら「匁(もんめ)」、洋服生地は「ヤール(ヤード)」で和服生地なら「尺」と使い分け、地面の広さは「町、反、畝、坪」になじんでいた。

尺貫法禁止で、商取引や証明に使うことはご法度とされ、違反すれば罰せられる規定までできてしまった。
ものさしの鯨尺や曲尺の製造販売もできなくなり、見つかれば警察沙汰になった。

1976年、永六輔さんは尺貫法の復権を訴え、鯨尺や曲尺を頼りに暮らす老人や職人をないがしろにする悪法を世に知らしめようとラジオ番組で語りまくった。

政府の計量行政審議会は翌年、ついに尺貫法の併用を認めた。

「僕はメートル法より尺貫法がいいと訴えたわけじゃない。
法律の決め方や適用にあいまいで筋の通らないところがあるから、ちょっとヘンだと言ったり書いたりしただけ。
尺貫法を必要としてるのは、おもに年季の入った職人衆。
そんな人たちを捕まえて罰するのは、国家としてとても乱暴なことですよ。」

ものごとの切り替わりには、いろいろ問題が起こったりするもので、そこで戦う人はすごいと思う。
「適当」な話からは、ずれてしまうけど、永六輔さんの話が良かったり、寸法のことは私はよくわからないので、なるほど!と思ったので載せてみました。

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子供のころに使用してた懐かしの炊飯器の写真をネットで見かけたので、それを参考に見ながらマンガを描きました。

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