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2012年9月11日 (火)

アンネのクラスメイトの本

「アンネ、わたしたちは老人になるまで生き延びられた」テオ・コステル著 清流出版

を、たまたま図書館で見かけたので読んでみた。Photo

この本は、アンネの「ユダヤ人中学校」時代のクラスメイトのテオ・コステルが、他のクラスメイト達から当時のアンネの印象や戦時下での生き延びた経緯をインタビューしたドキュメンタリーの本である。

内容は主に、この本の作者テオとアンネの‘最高の友人’のジャクリーヌとアンネが亡くなったベルゲン・ベルゼン強制収容所で一緒だったナネッテとハンナ(1943.6.20にアンネに赤十字物資をあげた人)の戦時下での体験談。
数年前に書かれたもので、皆80歳くらいの高齢での回想録。

アンネ・フランク(1929~1945)
第二次世界大戦中、オランダでもナチスのユダヤ人狩りがはじまり、ユダヤ人だったアンネ家族は、姉のマルゴーに召集状が来たのを機に、1942年に父の職場の裏部屋に隠れ住むことになった。
8人のユダヤ人との潜伏生活は2年におよび、密告によって発見されて強制収容所にに送られ15歳で病死した。(この戦争でオランダに住むユダヤ人の8割が殺されている)
潜伏生活の時に書いていた日記がベストセラーになっている。

この本で印象的だったのは、

当時多くの人が、「労働キャンプ」が本当はユダヤ人を殺す施設だということを知らず、生活に困った人達が安定した食生活を求めて、自ら強制収容所に行ってしまい殺されてしまったということだった。
嫌なことは知りたくもないし聞きたくもない、虐殺なんてするわけがないという楽観視が不幸をまねいたとうわけだ。

また、提出する血族の身分証明書の書類に、ユダヤ人であることを正直に書かなかった人たちは生き残これたということ。

いまだに、アンネ一家を密告した人が分らないそうだが、
ユダヤ人ひとり捕まえると「7ギルダー5セント」、今でいうと30ユーロ強もらえ、
お金を欲しがった人たちがすすんで、ユダヤ人を捕まえていたということ。

強制収容所で助け出されたやせた人や病気の人たちは、サナトリウムに送られ治療されたということ。
ナネッテもそこに送られ、しばらくして体重を量ったら(15歳なのに)33kgだったという。

ある80歳くらいの爺さんが、戦後30年たってるというのに、潜伏してた一家と再び同居したとたん、意識が当時に戻ってしまい、
「シー、静かに行儀よく話しなさい。彼らを批判してもいけないし、質問するのもダメだ」
と言ったこと。何年たっても心の傷は癒えない。

アンネが潜伏生活で見ていたマロニエの木が、切らないことになり、今は金属板で補強され、新芽が出たころに挿し木になる予定だということ。
だいぶ前に、ニュースや新聞で、腐ってしまったので切ることになった、と話題になってましたね。

他のクラスメイトの体験談は、テオのドキュメンタリー映画「アンネ・フランクのクラスメイト」(2008年)に、たぶん出ているのだろう。
検索しても出てこないようなので、日本ではまだ公開してないのかもしれない。

Photo_2

うちにあるアンネの本。

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