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2012年11月 4日 (日)

大河原邦夫 デザインノート

先日載せた「安彦良和デザインノート」が、貴重なものだと指摘されたので、
じゃぁ、これも貴重だろうと、載せることにしました。

「大河原邦夫 デザインノート」(アニメージュ1982年3月号 付録)

001

大河原邦夫
もの心ついたころから、ドライバーを握り、機械の分解をして遊んでいた。
父親もメカ好きだったので、影響されたところもあり、大学時代までメカいじりしていた。
東京造形大学のデザイン科で学び、洋服会社に就職。
すぐに転職して24歳でアニメーション会社のタツノコプロに入る。
背景を描くしごとに就いたが、すぐにメカデザインをやらされ「ガッチャマン」のメカを任せられる。
その後、凄腕のフリーのメカデザイナーとなる。

(メカを手掛けるために、生まれてきたような人生ですね・・・)

Photo_3

彼が初めてメカデザインを手がけたアニメ「ガッチャマン」。(1972年)
慣れてないので、初めの頃は、師匠・中村光毅さんの絵を見よう見まねで描いていた。

Photo_2
「ダグラム」(1981年)
今までと違ったものにしたくて、顔のないメカにしたという。

Photo_4
「ガッチャマン・Ⅱ」(1978年)
度肝を抜くものを、との注文で描いたメカ。ガンダムにつながる形をしている。

Photo_5
「ガンダム」(1979年)
『ガンダムは最初、直線的だったのですが、安彦良和さんが描きやすく、スマートにクリーンナップしてくれました。
ガンダムは最初、鼻や口があったんですが、会議のとき、これじゃあまりよくないとマスクをかぶせたわけです』

Photo_6
「ザブングル」(1982年)
途中から、急きょ、富野由悠季さんが監督をやることになったので、
少し富野さん好みにメカが修正された。
Photo_7
「イッパツマン」(1982年)
『タイムボカンシリーズは、リアルタイプのロボットは合わない。それを修整するため、表面に出てくるのは、ギャグっぽいメカで、そこからリアルなロボットが出てくる意外性を強調してみたかった作品です。』

Photo_8
「ヤットデタマン」(1981年)
『ダレでも見てわかるような、ダレでも描けるようなイメージを出すのは楽しかったですね。
女房なんかに今度はこんなのやったよなんておたがいに笑いあった時もありました。』

(ほほえましい。やさしい人柄がうかがえます。)

追記:今年、大河原邦夫展があちこちで開かれてたらしい。気が付かなかった。もったいない・・・。

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