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2013年2月 8日 (金)

日光④(東照宮・前編)‘09.10

徳川家康(1542~1616)は、1615年に豊臣家を滅ぼすと、徳川家の永遠の存続と平和を願って、
「死んだ後、関東と幕府を守る神となる」と遺言した。
家康が亡くなると遺言通りに、一周忌に久能山から富士山(不死・霊力がある山)を経由して、
江戸から北にあたる日光に、霊廟を移した。
正面から見ると背後には北極星が光る。
Photo

「北極星」は、古代から中国では、「宇宙の中心=天帝」とされ、
天帝の命を受けて皇帝が国を統治すると考えられ、歴代の中国の皇帝が祈りをささげてた星。
家康はそれによって神としての権威を高めようとしたのだった。

東照宮は、当初、二代将軍秀忠(1579~1632)が家康の注文通りに建てたが、
20年後その息子家光(1604~1651)が豪華に建て替えてしまった。
(元祖・東照宮downwardleftは群馬県世良田に移築)
2

1636年、日光東照宮は現代価格で2000億円をかけ、大工など名彫刻家650万人を使い、
たった1年5か月で、完成させたのだった。「陽明門downwardleft

Photo_2

家光は生まれながらに病弱と吃音を持ち、両親から愛されず乳母に育てられて生きてきた。
2才下の弟・忠長は健康で活発で両親に愛されて育ち、周りも後継者は忠長と思っていたが、
だが家康が徳川の後継者に選んだのは、家光のほうだった。

家康は、唐の太宗(西遊記にも出てくる・24年間平和な政治を行った皇帝・質素倹約をし、
国民のために制を尽くした)の治世について書かれた、
「貞観政要」(帝王学の教科書といわれ歴代の皇帝の愛読書)を読んでいて、
それには「国の創設よりも維持するほうが難しい」というのがあり、
「上に立つと、やがて威張り腐って、国民をこき使い、やがては国が亡ぶ」とあったので、
武将としてはイマイチな、守り姿勢の秀忠と家光を選んだのだろう。
戦いが不得意な人は戦(いくさ)で勝利を勝ち取ろうとはしない。

家光は、12歳のころに自殺を図ったこともあるほど、悲しみの中にいたが、
天下の祖父・徳川家康に存在を認められたどころか、徳川の将来を任せられたのである。
その反動からか、病気がちな体でありながら、「東照宮の建て替え」
「参勤交代(金を使わせて反抗する力を押さえる)」
「鎖国(他の国では植民地になってるので防御)」色々な政策をくりだし頑張ったのだった。

「家光は将軍としてはふさわしくない」という周囲の冷ややかな目が強かったのだろう。
彫刻や装飾には、「こう見えても、反抗する人には容赦しませんよ」のアピールが見え隠れする。

有名な「眠り猫」。
後ろには「天敵の猫がいながらくつろぐスズメ」の彫りものがあり、敵も襲ってこないほど平和を
表してるというが、猫は眠っているように見えて体勢は中腰で、「いつでも襲う準備が出来てる」状態になっている。
家光の心情を表してるのだろう。
Photo_3

また、「唐門」にある彫刻の「許由と巣父
Photo_4

これは、古代中国の伝説上の五帝(黄帝・ぜんぎょく・帝こく・堯・舜 平和な政治を行ったという)の一人、堯(ぎょう)帝の話で、
堯帝が、「許由(ぎょゆう)」の人格の良さのうわさを聞きつけ、「次の皇帝にしてあげよう、
高い位につけてあげよう」と言うと、
許由は逃げて、「けがらわしいことを聞いた」と、川で耳をすぐさますすぎ、
それを見てた高士(世間から離れ山奥に住む徳のある人)と知られる巣父は、
牛に水を飲ませようとしていたが「牛に汚れた水を飲ますわけにはいかぬ」と立ち去った。
という。(ウィキペディアから)
つまり、「天下を取ろうと挑んできてはいけない」ということを表してるのだ。

さらに、その下の像「瞬帝朝見の儀」は、
「堯帝から舜帝へ、そして禹(う)帝へ、正しく政権が移った」ことを表した彫刻で、
「政権が自分・家光に移ったのは正しい」を表現している。
Photo_5

舜は、孝行息子だったが、父と義母と連れ子から虐げられ、何度も殺されそうになりながらも、
親を大切にしてるとの評判から、堯帝に認められ、次の皇帝になった経歴をもっている。

家光は、「現代の日本の舜帝」をめざしていたのかもしれない。
Photo_6


・唐門は50年ぶりに塗り替えられた。(テレビから拝借)

「陽明門」は2013年4月から、修理がはじまり、この先6年間は全体像を見れないという。

文化遺産などの保存は、色あせたままにする場合と、こうして当時の姿に戻す場合があるけど、
わたしは、当時の姿に戻す方が好きだな。

参考:歴史秘話ヒストリア2011年11月2日放送
    ウィキペディア

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