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2015年2月

2015年2月 1日 (日)

ねこつぶ(そばにいたいから②)

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リキは、私に会いたさから、日頃、行くことのない上の階までやってきたのだった。

そんなにしてまで?

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私 「しょうがないな、少しの時間だけだよ」


(おわり)

2015年2月 2日 (月)

とくに欲しいものはない

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2年ぶりにお年玉年賀はがきが当った。

30枚来た年賀状の1枚がヒットで切手シートゲット☆

毎回、切手シートだけど、それでも、自分がいい運を持ち合わせてるようでちょっとばかり嬉しい。

ニュースなどで騒がれてたけど、
今年から1等商品は、現金の1万円になった。

一昔前は、1等といえば、高額な電化製品や旅行などだったが、
ずいぶん地味になったものだ。

見れば、当選番号もだいぶ少なくなって、さみしい感じに。

ともすれば、数年後にはお年玉ハガキが無くなりそうな、そんな危うさが出てる。

私もそうだが、この頃では、世間全般、必要なものはもう手に入れてしまっているから、
物をもらっても嬉しく思えなくなっている。

まだ、欲しいものはあるのだけど、それはプレゼント商品でもらえるようなものでないのだ。

好みのタイプと違う、届いてみたら意外と‘いらなかった’など、
わくわくよりも、あら?となるのが目に見えている。

家や高級車などもらえたなら、喜ぶだろうか?と、自問自答してみるけど、
それでも、喜ばない気がする。

一体、どうしちゃったというのだろう?

スーパーのスタンプカードがだいぶ貯まったので、
商品と交換しようかと、カタログを見るけど、
‘欲しいけど欲しくないなぁ’と思ってしまい交換出来ずにいる。

先日テレビで、マツコデラックスさんが、‘結婚式の引き出物はカタログではなく、
新郎新婦の顔写真などが印刷されたようなものがいい、5年位バカにして楽しめるから’と言っていた。

『カタログ製品は味気ない』という意味で言ったわけではないだろうけど、
記念品としては、思い出にもならないし、面白みもなくて、
もう、カタログ交換はありがち過ぎて、飽きてきた感もある。

何が欲しいか・・・?

私は、才能と人望、豊かな生活が欲しい。

物じゃない。

きっと、みんなも、そんな感じなのだと思う。

1等が、現金1万円は、今の時代には合っていて、
そのうちまた、人々の気持ちがうつろって、物のほうが嬉しいとなる時代が来るのかもしれない。



今年の年賀状、当選商品発表は、

1等、現金一万円

2等、ふるさと小包38点のうち一つ
    (商品詳細http://yubin-nenga.jp/otoshidama/second_prize.html

3等、お年玉切手シート

でした。

ねこつぶ(又々あわわ君のお店①)

http://kamokujin.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-967e.html (「続・あわわ君のお店」)

2014年3月29日。

あわわ君の店にやってきました(※いつもの一本杉のエサ場ですsweat02)。

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(つづく)

2015年2月 3日 (火)

ねこつぶ(又々あわわ君のお店②)

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(おわり)

2015年2月 4日 (水)

ねこつぶ(ミケの反抗期)

2014年9月25日。

ちびが、自身の子供のミケを連れて来てきた。

子猫が離乳しはじめると、自立できるように、
母猫は、子猫にエサ場を教えるのだ。

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ミケは、このあと一人で帰ってしまった。

ミケといい、タヌ(前の年に生まれたメス猫)といい、ちびの子どもたちは、
ちびの言うことを聞かない。

「こっち来なさい!」「嫌!」というやり取りのニャーニャー、ギャーギャーを、
何度か目にした。

わが家の猫ハウスが、子猫たちに不人気なだけかもしれないが。

2015年2月 5日 (木)

6年ぶりの再会

6年間、消息不明だったツレの弟から突如、婚約者を連れて帰郷するとの連絡があった。

彼が九州にいるらしいという意外、どこに住んでいるのか、どこで働いているのか、
何も知らされず、長年、音信不通となっていた。

あの東日本大震災が起きた時でさえ、連絡もよこさなかったのだ。

ここだって被災地だというのに・・・。

弟君は、石田純一タイプで、結婚を繰り返しては子供が生まれ、
両家の親を巻き込んでの離婚騒動を毎回起こしていた。

今回で4回目の結婚となる。

そんな彼の生きざまに、兄であるツレは腹を立て、叱ったものだから、絶縁状態になってしまっていた。

ツレは私に言った。

「俺は、会っても、頑として話はしないつもりだsign01annoy

だけど、会食の店選びや渡すみやげ探しの必死さに、弟に対する愛情がありありと見えてたから、

「そうはいっても、あなたのことだから、きっと、にこやかに会話すると思うよ」と私は答えた。

.

数年ぶりに会った弟君は、まったく老けた様子は見られなかった。

つまりは、実年齢より10歳以上若く見えた。

婚約者の女性は、弟君よりなんと19歳年下で、鼻の高い、すらりとした体型の美人タイプだった。

前妻たちが、丸顔の体も小さめな可愛いタイプだったものだから、これにはとても意外だった。

立場的に東尾理子さんになるから、何かこの状況を変えてくれることになるのだろうか?

彼女の父親の年齢は、弟君とわずか3歳しか違わないということだった。

見た目が若いとはいえ父親と同年代の人と結婚する人の気持ちはわからないが、
これが今どきの若者の普通の考えというものなのだろう。

それにしても、再婚を繰り返すような男に「難あり」と不安に思わないのか、
本当に幸せそうな表情を見せている。

弟君も、過去の失敗に負い目を感じないようで、満面の笑みだ。

たしかに、結婚を繰り返しているといっても、毎回段取りはちゃんと踏んでいて、
結婚➜妊娠➜出産➜離婚と、養育費だって全額なんだかんだで完済してるという話だから、
悪いことしてるわけでもないともいえるが・・・?

ただ、離婚のたびに唯一の一族の後継者である初孫が相手方に引き取られる母君の悲痛さを、
弟君は、まったく気が付いていないにちがいない。

母君は、どういうわけか、昔からツレに子供を期待しておらず、結果、現在、ツレに子どもはいないのだった。

どうも私の親戚含め、周りにいる男どもは、子孫繁栄、一族継続など、まったく頭にないらしい。

.

会食では、母君が弱弱しい感じで、必死になって二人に話しかけていた。

面と向かって会話できるのは、この2時間だけだったから、いそがないといけなかった。

積もり積もった話をどこから話したらいいかわからない様子で、
少々支離滅裂ぎみだったが、弟君は、いらだつこともなく、穏やかな表情で受け答えしていた。

背筋を伸ばし、静かなしゃべり口調や身のこなしは、どことなく、王子的要素が垣間見れた。

そういうところが、きっとモテるところなのだろう。

ツレはというと、背を丸めて一人飲みのように、ただニコニコしているばかりで、
たまに私にしかわからない冗談をぼそぼそと口走っては、変な空気にさせていた。

そんなものだから、私が率先して集合写真を切り出さなければならなかった。

別に私は、彼らの写真など欲しくはなかったのだが、
年寄りというものは、身近にいない人に対して、写真に話しかけたがる習性があり、
ツレを通して両親から頼まれてたこともあって、頑張るしかなかった。

集合写真のあと、

「お二人だけの写真も撮らせてください」と言ったら、

「カップル同士で、撮りあいっこするわけ?」と弟君が、とんちんかんにも私たちを指差しながら半笑いする。

「そうじゃなくて・・・」

どうしたら伝わるのかまごついていたら、すぐに母君がやってきたので、
念願の3人の写真が撮れた。

弟君は、まったく残された者たちの気持ちが分らないのだ・・・---------って、
私たちは残されてるのか??

.

九州は遠い。

話によると、飛行機では2時間で行けるらしいが、持病でご両親たちは乗れず、
新幹線などでは5~6時間かかるそうで、歩くのもやっとな状態では、とうてい行けそうもなかった。

弟君の話だと、九州は、朝の7時は真っ暗で、夜8時はまだ明るいそうだ。

花火大会だと、夜九時から始まって30分で終了になるという。

こちらでは1~2時間は当たり前だから驚いてしまう。

まぐろを食べる習慣がなくて、麦みそ仕立てのため、しょうゆや味噌汁が甘めだという。

たしかヨーロッパでは回転寿司のしょうゆは、蒲焼のたれほどに甘いと聞いたことがる。。

‘九州って日本じゃないんだ(外国寄りだねの意味)’
と聞いていて思った。

.

2時間はあっという間に過ぎ、別れの時間となった。

母君は、今生の別れとも言わんばかりに、弟君にしがみつき泣いていた。

私たちにとっては今や、九州は「最果ての地」ともいえた。

ほんとうに、もしかすると、みんなで会えるのは、これが最後かもしれない。

弟君が去り際私に面と向かって、

「兄貴をよろしくお願いします」というので、

「は、はい。あなたもお元気で」

と、あたふたとあわてふためいて無難な返事をしてしまった。

‘先のことなんか約束できないワ・・・’

弟君は、両親の老後など将来の不安などすべてを私たちに預けて、自由そのものだった。

彼に見えているものは、幸せな結婚生活と未来。

かわって私たちは、持ち家もない、墓もないにもかかわらず、
親戚たちも気暮らすこの生まれ育った土地から動くことが出来ないのだった。

映画「ゆれる」(2006年西川美和監督・脚本)を思い出してしまう。

地元に残り家業のガソリンスタンドを地味に守り続けるさえない兄(香川照之)と
写真家として活躍する華やかな弟(オダギリジョー)の対比。

事実、周りを見渡しても、兄弟ってこういう役回りになっている。

.

会食はうまくいき、「会ってみれば、なんだ、弟くん、いい奴だったじゃん」と、
長年の決裂も解消したかに思え満足な結果となったが、
でもまだ、こころなしか、しっくりしない気持ちが無いでもない。

帰路に就く車のカーラジオからは、
中島みゆきの「世情」(金八先生で有名の歌)がたまたま流れ始めて、
別れの悲しみを、なお一層深めていた。

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(このほかに、シラス南高梅炊き込みご飯、常陸牛ステーキ)

ねこつぶ(リキ君の初恋①)

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(つづく)









2015年2月 6日 (金)

ねこつぶ(リキ君の初恋②)

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(つづく)









2015年2月 7日 (土)

ねこつぶ(リキ君の初恋③)

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(おわり)








2015年2月 8日 (日)

ねこつぶ(止まらぬおしゃべり①)

※赤毛のアンのアン・シャーリーをイメージしながら・・・。

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(つづく)












2015年2月 9日 (月)

ねこつぶ(止まらぬおしゃべり②)

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ニケのおしゃべりは、とまりません・・・。

(おわり)










2015年2月10日 (火)

老人とシートベルト

ツレの70代・80代になる両親は、車に乗るたび、シートベルト装着に手間どって、毎回大騒ぎをしている。

「どこにあるんだ?」「入らない、入らない」「それはあたしの(バックル)!」「あー、はずれちゃった」など。

車の運転などしたことがない彼らだが、ツレが月一は必ず、後部座席に乗せて買い物介助をしているので、Cimg3189
シートベルト装着には、もう充分慣れているはずだった。

にもかかわらず、毎回この騒ぎである。

ただ差し込むだけという、3秒で済むような動作を、
ご両親は、どいうわけか毎度ながら5分くらいかけて、四苦八苦しているのだった。

いったい何がそんなにも出来ないというのか、振り向いてマジマジ見るわけにもいかず、
とりあえずは楽しそうに騒いでいるので、まぁいいかと、ほっときながらも、気にはなっていた。

そして先日、母を乗せたとき、偶然にもシートベルト装着の苦労の原因なるものを目撃したのだった。

母も車の運転はしたことがなく、車自体乗ることも少ないものの、
今まではスムーズに出来ていたように思う。

ところが、どういうわけか、このときは、なかなか装着できず、「入らない入らない」と騒ぎだし、
何をどうしたのか、装着してた私のシートベルトを外してしまったのだった。

「しょうがないなぁ」と、走り出した車をわきに停めて、
「どうしたの?」と母の動作に目をやると、なんと、
母は、シートベルトの先のタングプレートを、「PRESS」ボタンに必死にカチカチと押し当てているのであった。

手前のが入らないとなると、向こう側、つまりは運転席の「PRESS」に刺そうとする。

Cimg3205Cimg3190

どうやら赤いものめがけて、刺しこもうとしてるらしかった。

どうりで、私の装着したシートベルトが外れるわけだ。

「PRESS」は、外すときに押すボタン。どうやったて装着できるわけがないのだ。

それにしても、穴はそのわきにあるというのに、年寄りの目の悪さで、見えないのだろうか?

しかたなく、私が代わりに差し込んでやったが、どうも納得がいかなかった。Cimg3206

後で聞いたところ、 

「そこを押せば何とかなると思った」

と母はいった。

コンセントとプラグのやり方と同じだとは、思わないようだった。

もしかすると、ツレの両親も同じように、赤いところめがけて、
シートベルトの先端のタングプレートを、ただ当てていたのだろうか?

だとすれば、5分かかるのも当然で、
毎回奇跡と偶然で、たまたま入ったことで、装着出来ていただけということなのか?

物事の判断というのは、生きてきた道のりで見たものや、経験からの予測が決めてだ。

私には理解できないが、母の世代では、過去の出合ってきた商品から導き出した答え、
つまり発想が、

「わからない時は、赤いボタン(重要なスイッチ)を押す。」

だったのだろう。

昔のSFアニメにありがちな、最終兵器スイッチは老人の目の届くところに置くと危険だなと、ふと思った。

たった3人の老人の行動で、老人すべてを語るのは、どうかとは思うが、
たぶん、世の中の老人の多くも、同じようなことをしてるかもしれないから、
バックルの穴は、もっと目立つようにしたほうがいいかもしれない。

ねこつぶ(マリアの心の旅)

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空想に、のめり込みすぎよsweat02

セリフに出てきたねこさんたち。

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写真はウィキペディアから。




2015年2月11日 (水)

ねこつぶ(何を食べてるの?①)

2014年11月22日。午後2時。

なにやら、下の白たちが、うれしそうに、わきだっていた。

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やんちゃに、はしゃぎまわる、ミイ。

彼らはいったい何を食べていたのだろうか?

疑惑の雑草を見て見たが、食べられるものには見えなかった。

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(つづく)










2015年2月12日 (木)

ねこつぶ(何を食べてるの?②)

2015年1月3日。午後2時。

またしても、あの場所で、下の白たちがうれしそうに、何かを食べていた。

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ごめんsweat01ミイと一緒にいたから下の白ママと勘違いしちゃったっ。


(つづく)







2015年2月13日 (金)

ねこつぶ(何を食べてるの?③)

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(つづく)












2015年2月14日 (土)

ねこつぶ(何を食べてるの?④)

2015年1月20日。午後2時。

ついに目撃した。

犬の散歩のひとが、下の白たちのために、食べ物を置いていたのだsign01

でも、なにを?

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(つづく)










2015年2月15日 (日)

さよならレオン・・・

昨日、2月14日、飼い猫のレオンが、突然死してしまいました。

2(2010年8月のレオン)

午前11時半。
いつものように、お気に入りのカーテンにくるまり、
サッシからのぽかぽか陽気にあたりながらの、ひなたぼっこ昼寝の最中に、
突然、悲鳴のような鳴き声を数回あげたと思ったら、
そのまま1分もせずに死んでしまったのです。

1(2013年8月のレオン)

異様な鳴き声に、悪い夢でも見たのだろうと、いそいで起こしに向かったところ、
レオンは、頭をあげたままの状態で、瞳孔が開いた目で空(くう)を凝視し、
ベロを5ミリ出したまま、微動だにしていませんでした。

10秒後には、心臓と呼吸が止まったようにみえました。

‘死んだ!?’

あまりの突然の出来事に、どうしたらいいのか、
ともかく、知ってる限りの蘇生のやり方をやってみました。

背中を強めに叩いて心臓がショックで再起動しないかためしたり、
息を吹き返さないか胸を押して心臓マッサージしたり・・・。

けれど、体は力なく、だらんとしたまま息を吹き返す様子は見られませんでした。

いったいなにが起こったというのだろう?

母が、「かかりつけの動物病院へ電話して!」というので、
「じゃ、心臓マッサージ続けといて!」と、レオンを母にまかせて、
私は電話をして説明をしたのだけど、なかなか意図が伝わらなくて、
「ペット葬儀場への連絡先を教える意外ないのですが・・・」
と言われる始末だった。

ペットごときのことだから、死んでしまったのなら、それ以上のことはしないのが普通だし、
私も内心そう思っている。

けれど、後々になって「あのとき心臓マッサージしていたら生き返っていたのかも?」といったような、
後悔にさいなまれるのは過去の経験から見えていたので、
レオンのためというより、この先自分が立ち直るために、やる必要があったのだ。

でもその一方で、
‘中途半端な生き返る方したらどうしよう…。
半身不随とかではかえってレオンがかわいそうだ’
という不安も頭の片すみにはあった。

私の身に同じことが起った場合には、家族にはあらかじめ、
『万が一、私が脳溢血などで気負失ってるようなときは、そのまま死ぬまでほうといって、
蘇生させないで下さい』
と言っていたのだ。

動物病院への電話でなんとか
「蘇生の仕方とか聞きたかったのですが」と伝えると、
「少々お待ちください」と、受付の娘が先生に尋ねに行ったのだろう、
今度は1分ほど保留になってしまった。

振り向くと、母が両手をひざに置いて、私の電話の話に聞き入ろうとこちらを、
じっと見てるのが目に入った。

‘もうだめじゃない・・・。’

脳は、酸素や血流が5分絶たれたらおしまいなのである。

生き返るという希望と長い介護などの負のスパイラル(らせん状)におちいりそうだった現状が、
スパッと終了した瞬間だった。

電話を代わった母が喜々として、
「先生がすぐ来てくださいって♡」と私に言った。

.

‘何のために、病院へ向かっているのだろう・・・?’

疑問に思いながら車を走らせてると、後部座席から母のブツブツとお祈りをあげてる声が聞こえてきた。

母は、まだ、先生に見せれば生き返ると期待しているのだ。

わたしはちょっとイラついて、

「もうレオンはダメだよ。脳に酸素や血流がいかなくなってから5分以上経ってるから。
助けようと思ってるなら、この移動中のさなかでも心臓マッサージ続けてないと!」

と言ったら、「そんなのわかんないよ!黙って!」と怒られてしまった。

母は、脳がどうなったらダメになてしまうか全然知らないのだった。

だから、電話の最中に何のことかわからず、マッサージの手を止めてしまったのだ。

とはいえ、素人の私の心臓マッサージがレオンの脳まで効いてるようにも思えなかったが・・・。

.

先生は、腎臓病の子は、高血圧になりがちだから、脳溢血(のういっけつ)などになったのだろう、と言った。

脳溢血体験者の話に、「頭を鉄の棒でなぐられたような激痛がした」と、聞いたことがある。

レオンの悲鳴は「やめてよ!やめてよ!」と言ってるように聞こえたから、
はじめ心臓発作を疑ってたものの、脳溢血に違いないと思う。

思い返してみれば、半月ほど前にも「やめて!」といった悲鳴にも似た、
レオンの寝言を聞いたことがあった。

一声だだったし、そのあとは何ともなさそうだったのだが、もしかすると、
これが前兆だったのかもしれない。

レオンは、いつもどこか人目のつかないところで長い時間寝てるので、
この最後の声を聞き逃してたらば、数時間は気が付かないままで、
「老衰で亡くなった」と思ってしまっただろうと思った。

レオン(オス)15歳。腎臓病発覚から1年も満たず天国へ。

大好きなエサもこの頃では、腎臓病で食欲がなく、半量しか食べられなくなっていたので、
ごはん大好きレオンにとっては、ちょうどいい現世との別れだったのかもしれません。

死の直前まで、普段と変わらぬ様子で、ごはんを食べたり、家の中を散策してたことだけが、
私たちの心の救いとなりました。

思い出のレオンアルバム

3(2013年6月)
「どうしてアリスばっかりかわいがられるの!?」とやきもちからアリスにケンカを売るレオン。

4(2013年5月)
「アリスがかわいがられるのは、ひざにのるからだ!」と気づき、
密着が嫌いにもかかわらず、アリスのマネしてむこうずねに乗るレオン。

5(2013年5月)
別の日も「頑張ってみた!」、のレオン。

6(2014年12月)

お気に入りの寝床「レンジの巣箱」。
レオンは、アリスと違って、足台としておいてあるデスクチェアのぐらつきが嫌いで、
土台のしっかりした棚やテーブルをつたって巣箱に入っていた。
本気寝の夜によく愛用していた。

レオンの本当の飼い主である姉が、しらせを聞いて、
1時間後に、遠くの住まいから、かけつけてくれました。

レオンの葬儀(火葬)は、2日後の月曜日の11時。

それまで、寒い北側の部屋に置くことにしました。

姉が帰ってから1時間後の夕方3時半に、こたつに引きこもっていたマリアが、
いきなりレオンのもとに走って行きました。

北側の部屋を隔てるガラス扉を開けた途端、マリアが私の足元をすり抜け、
開け放していた北の部屋に直行したのです。

さもそこにレオンがいることを知ってたかのように・・・。

マリアは、首をのばして、箱の中に横たわるレオンの顔をじっと、のぞきこんでいました。

きっとマリアはコタツの中で、何が起こったのか考え、理解し、
ようやく意を決して見に来たように見えました。

レオンはこのところ、大嫌いだったはずのマリアと仲良しになっていて、
電気ストーブに一緒にあたったり、マリアの首のうしろをなめてあげたりして、かわがっていいました。

マリアは、昔からレオンと友だちになりたがっていたので、ほんとうに幸せそうだったのですが、
長くは続かず残念です。

アリスは、死んだレオンを見に行きはしなかったが、
やはり理解していて、ふだん以上にエサを食べようとしませんでしたし、
寝床のカゴの中で丸まり、なでても顔をあげず、石のようにじっとしてるばかりでした。

過去にも何匹かペットを見送りましたが、
レオンのように寝顔に見える死に顔は見たことがありません。

苦しみも一瞬だったせいか、ほんのり微笑んでいる顔に見えるのです。

追記①:

次の日とその次の日、アリスは一日何度もレオンの巣箱に入っては、丸まって眠っていました。
レオンの残り香に包まれつつ、レオンとの思い出を振り返り、別れを惜しんでいるようでした。

1

追記②:2015年2月21日(土曜日)

レオンが亡くなって、ちょうど1週間がたった。

レオンはふだん、日中、隠れるように物陰で眠ってることが多かったので、
死んだあとの喪失感は、そんなにないのではないか、と思ってたが、そうでもなかった。

毎日の習慣の中に、レオンの存在は、いきづいていた。

実家に着き中扉を開けると、まず、マリアが「早くドアを開けて!会いたいの!」と、
二本足で出迎える姿が目に入る。

次に、左側を見ると、寝処のカゴに入ったアリスを確認。

さらに次に窓辺を見れば、たいていそこにレオンがひなたぼっこしてる姿があった。

そこにいない場合は、隣の部屋のベッドの上。

それでもいない場合は、押し入れに入っている。

場合によっては、台所のテーブルの上で、猫缶のおこぼれを待って座ってることも・・・。

病院に連れて行かれると勘違いして、テレビの後ろのコーナーに挟まってるのもしょっちゅうだった・・・。

レオンが死んだとわかっていても、アリスを見た後に、
今まで通り無意識にレオンを探してしまう自分がいるのだった。

レオンの治療に関しては、出来ることのことはしてきたと思うから後悔はないけど、
レオンの話を口にしようとすると、まだ、瞬間的に泣きそうになってしまって、
まだ、立ち直れない。

.

マリアはこの日、2月21日、レオンを探した。

午前11時50分、ふだんならレオンはどこかで寝ている時間。

マリアは、レオンの姿が見えないので、押し入れにいると思い奥に入ると、
叫び声にも似た大きな声で、2度鳴き声を上げたのだった。

‘レオ~ン!どこにいるの~!!’

もちろん返答も反応もない。

マリアは、しばらくぼーっと立ちすくむと、レオンのお気に入りだった青いカーテンに横になった。

なんて悲しい表情。

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ひなたぼっこするには、十分にスペースは開いているのだが、
マリアは青カーテンのそばで丸まっていた。

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ずっとこの表情、心の中で泣いているのだろう。

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しまいには、見事なまでに、きっちり、レオンの青カーテンにくるまっていた。

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中をのぞくと、こんなかんじ・・・。

まだ、レオンの匂いが残っているのかな?

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このところ毎日、夕方4時ごろになると、アリスは押し入れに入っては、すぐ出てきて、
おろおろしながら、周りを見渡している。

いつもこの時間になると、レオンが起きだしてきていたので、アリスは、
「おかしいな?どこにいるんだろう?」と、探しているようだ。

いないとわかると、今度は、電気ストーブの前に悲しげな様子で横になるのだった。

日が落ちると、肌寒くなったレオンは電気ストーブに当たりに来ていた。

私と同じように、猫たちも、レオンの日々の行動癖を、同じ生活空間の中で、
覚えてしまってたんだな、と実感するのだった。

2015年2月16日 (月)

ねこつぶ(何を食べてるの?⑤)

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ごめんsweat01またしても名前まちがえちゃたね。

そうか、煮干しを食べてたんだ~sign01

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(つづく)


2015年2月17日 (火)

ねこつぶ(何を食べてるの?⑥)

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(おわり)







2015年2月18日 (水)

ねこつぶ(二匹の駆け引き)

2015年2月14日。

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猫たちの恋の季節がやってきてしまいましたよ・・・。

このところ、誘惑するかのように転がるちびを、眺めるリキの姿をよく見かけます。







2015年2月19日 (木)

ねこつぶ(やさぐれる①)

2014年9月11日。

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(つづく)

2015年2月20日 (金)

ねこつぶ(やさぐれる②)

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(つづく)






2015年2月21日 (土)

ねこつぶ(やさぐれる③)

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野良猫くびわは、ケンカなどしたがらない平和主義なオス猫だ。

ところが最近、サカリの時期のせいか、しゃがれた大きな声をあげてメス猫を追いかけてる姿を
たびたびみかけるようになった。

去年のサカリの時期は、こんなではなかったはずだが、
体の毛はさらに薄汚れて、態度もあらあらしく、まるで人が変わったよう。

2月4日には、変な声を出しながらオッドを狙い追いかけまわし、
そのそばでは、オッドの母親の下の白が娘を必死で守ろうとして、
かばうように一緒に逃げている場面を目撃した。

オッドはなんとか車の下に逃げ込み無事だったが、
それはさながら、戦時中によく見られる、強姦しようとしてる兵士と逃げ惑う民間人の母子のように見えた。

まったく、どうしたことか、こまった事態だ。

くびわは我が家の管轄猫で、キレた母が、くびわの去勢手術に踏み切ったのだった。

2015年2月5日。

母がくびわを捕まえると、すぐに動物病院へ直行した。

なんだかわからないくびわは、始終不安で鳴きわめき、
診察台に載せられると、母の軍手から、
噛みつかれたりひっかかれたりの母の恐怖を読み取って、
大パニックになってしまった。

逃げ出そうとジャンプしたものの母に抑えられ、おもわず臭腺液を吹き出し、大失禁。

ものすごい悪臭が診察室内に立ち込めた。

母の態度は、時折、野良猫たちに一層恐怖を与えることがあるのだった。

せめて素手でやったならここまでひどいことには、ならなかったのに。

くびわは私たちと仲良しだから、爪や牙をたてたりしないよ。

実際、シロやリキの時はそうして穏便に事が進められたよ。(危険が伴うので、人に勧めはしません。)

それにしても、こんな時期に去勢とは、くびわも可愛そうなオスだと思う。

身体の変化の差が、ありありと実感してしまうではないか。

「昨日までは出来たのに・・・・・???」みたいな・・・。

母に言ったら「そういうの(気持ち)は、わからない」と言われてしまった。

Photo(ものすごく臭いがたちこめる中、掃除をする助手さん)

去勢手術 税込 1万6000円   (うちの県は高いんです。おかげで殺処分数ワースト1)

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一週間後の、2月12日。

異様な猫の声に外に出て見れば、階下に、ちびとそばにすわる、くびわの姿があった。

メスのちびにサカリが来てるので、くびわは狙ってるのだろう。

去勢手術してもメスへの関心はあるようだ。

ちびの後をつけるように、くびわも上がってきたので、
ご飯を用意して待った。

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ケンカをしたのか、右目の上が腫れてるようで、顔つきが違って見える。

毛並みはさらに汚れて、汚くなってるし、ちょっとの間でずいぶんと、

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やさぐれた’もんだ!

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・・・・・?

あれ?目が青い・・・!?

ぐびわによく似た「知らない猫」だった。

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※「やさぐれ」の意味

すねる、投げやりになる、ふてくされる、いじける、あまのじゃく
定職もつかずフラフラしてる人、家出人

2015年2月22日 (日)

ねこつぶ(それぞれ好みの味①)

2015年1月24日。

くびわが大きな声で鳴きながら歩いてきましたよ。

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(つづく)





2015年2月23日 (月)

ねこつぶ(それぞれ好みの味②)

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(おわり)

2015年2月24日 (火)

ねこつぶ(マリアの身だしなみ①)

2014年10月22日。肌寒かった日。

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(つづく)









2015年2月25日 (水)

ねこつぶ(マリアの身だしなみ②)

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(おわり)















2015年2月26日 (木)

ねこつぶ(限定品!?)

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(おわり)

2015年2月27日 (金)

ねこつぶ(一人で練習①)

2015年2月19日。

中庭に、野良ねこオッド(メス)が独り、木のそばにいました。

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(つづく)

2015年2月28日 (土)

ねこつぶ(一人で練習②)

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(おわり)

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