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2015年4月21日 (火)

母が子猫を処分

4月16日の夕方、野良猫ちびが、我が家の野良用猫ハウスで、出産したらしかった。

臨月になっていたので、私は、「どうか我が家の猫ハウスで出産しませんように」と願っていたが、
この場所を信用しきって、出産してしまったらしい。

この日は雨だったので、ちびは他の場所に行けなかったようなのだ。

母が野良用猫ハウスの居心地を良くして、この場所での出産を促し、
生まれた子供を処分しようと待ち構えているだろうことは、
毎年のことなので、私は分っていた。

だが、猫ハウスにかけてある何重もの布をめくり、ちびの様子をこまめに確認して、
母より先に、子猫をどこかに避難させるという事を、私は実行できなかった。

私は行動力なく、とろいのだ。

翌日の昼、実家のメモ用張り紙に「6時 ステタ(4)」という文字が目に入ったことで、
私は瞬間に事態を把握した。

その走り書きは、「夕方6時にちびの子猫が4匹生まれ捨てた」ということだろう。

腰が抜けそうなほど、私はぞっとした。

すぐさま母に問い詰めると、

「汚れ物を捨てたのよ」

と、しらじらしいうそをつくのだった。

「子猫を捨てたんでしょ?」

と何度も聞き返しても、

母もそのたびに、さっと背中を向けて

「汚れ物だって言ってるでしょ」と答えるのだった。

母は、自分の思う通りに事が進んだことで、ほくそえんでいる。

「子猫」のことを、「汚れ物」と比喩してることが、気味が悪く、腹が立つ。

子猫を殺したのに、どうして笑っていられるのだろう。

子猫をどうしたのか、聞きたかったが、母はきっと口を割らない。

いままでも、そうだったし、母は、叩かれてもなかなか白状しない頑固者だった。

時間的に、子猫は生きていないと思われた。

箱に入れて捨てたれたとしても、生まれたての体では、寒い夜は越せないし、
捨ててから18時間経っていては、衰弱して手遅れだ。

それよりも、母が直接手を下したように思えて、今回はこれ以上聞けなかった。

きっともう死んでる・・・バトルするだけ無駄に思えた。

70代の親を叩くのも、罪悪感を感じて嫌なものなのだ。

.

母は、子猫を殺すことを正しいこと良いことと持っている。

前回、母はこう言ったのだ。

「カラスに襲われたり、病気で苦しむんだから、このほうが子猫のためなの!」

そういうこともあるだろうが、私は、そんなことは、自然のなりゆきにまかせるべきで、
自分で手を下すことではないと思う。

罰が当たるよ・・・。

だが、どういうわけか、罰は母にはいかず、いつも弱い私のほうにくる。

この日の帰り際、1キロの道のりで、3台の車にひかれそうになった。

無事帰れたけど、危なかった。

見えない力は、わたしよりも母の味方をする。

母がこういう変な考えになったのは、母の生きてきた時代というのもあるけど、
どうやら、20代のころに見た、堕胎に原因があるようだ。

母は、若いころ産婦人科で働いていて、多くの女性が堕胎するのを見たと言っていた。

不幸な人生を歩ませるより、その直前で死なせてやったほうが、子の幸せなんだと学んでしまったらしい。

母は結婚当初、第一子になるはずだった女の子を流産したのだが、その子の魂に向けて手を合わせたことがない。

世間の母親が、自身の水子を供養するのに、母は決してしたがらない。

堕胎された子どもは、自分の子であっても、どうでもいいらしい。

人間の胎児に対して冷たい母は、なおさら他の動物の赤ちゃんのことなど、なんとも思わないのだった。

.

野良猫ちびは、それ以来毎日、猫ハウスに長居している。

たぶん、子猫を返してもらえると期待して待っているのだろう。

最近、野良猫しろや野良猫くびわ、野良猫リキを治療や去勢したあと、
家の中で療養させ、外に放したりしてたので、同じように生きて帰ってくると思ってるようだ。

訴えるように、じっと私の顔を見るちび。

ごめんね・・・私も知らないの・・・と、心の中で、言葉を返すことしかできない。

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