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2015年5月18日 (月)

タモリのいう’ジャズな人’

テレビ番組 「ヨルタモリ」 2015年5月10日放送から        (おおまかにメモッた)

タモリ 「ジャズな人って、向上心のない人だね。誤解されちゃ困るけど、つまり、
     向上心のある人は、今日が明日のためにあるんだよ。
     向上心が無い人は、今日は今日のためにあるんだよ。
     向上心イコール邪念ということだよね」

草彅剛 「人って、夢のために頑張るって言うじゃないですか。それってどうかなって思うんですよ。
      それを美徳としてるところがあるじゃないですか。’夢に向かって頑張ろうぜ!’とか。
      じゃぁ、夢が叶ったらどうするの?って話で・・・。
      (ぼくは)夢ってわかんないんですよね。小さい時からこの仕事してるんで。
      ある意味、早く叶ってしまったというところもあると思うんですよ。
      夢のために頑張って目標立てて、毎日それだけのために生きるってのも・・・。」

タモリ 「夢が達成されるまでの期間は、まったく意味がなく、つまんない世界になる。
     それが向上心ある人の生き方。悲劇的な生き方なの。
     夢が達成されなかったらどうなるんだ?ってことだよね。
     湯沢さんとか(音楽の仕事を)やるのは、夢じゃないんだよね。やってるだけの話だよね。
     好きでやっててこうなってるだけの話で・・・。」

湯沢  「いつかどうなりたいとか、思ってやってたことはないですね」

タモリ 「好きでおもしろいな、おもしろいな・・・とやってる人が、そういう風になってる。
     その人が夢を持っててやってたかというと、そうじゃないんだよね。
     それがジャズかジャズじゃないかの差だよね。
     今の教育がおかしいよね。’夢を持ちなさい’’友達を持て’って。
     友だちがいなくたって、生きていけるんだよね」

宮沢りえ 「私は(友達無しでは)生きていけないわ」

草彅剛  「自分からあえてたくさん友達をつくろうとか・・・あれじゃないですか、やっぱり・・・」

宮沢りえ 「たくさんは、いらないわね」

みねこ  「友だちたくさんできるかな?という歌を歌わせるから、いけないよね。」

タモリ  「一番あれが、有害だよ。学校入って友達100人出来るかな?って、なんだい、あれ?
      なんかシール集めてるようなものだろ?」

みねこ  「コレクションですね」

草彅剛 「そんなのは、ほんとうの友達じゃないんですよね」

タモリ  「’友だちだよね’と言ってるだけで、1000人でも出来る。
      おれなんか10万人できる。100人なんかすぐだよ。
      あと、’愛’な。愛もおかしいや」

宮沢りえ 「奥様に愛してるとは言わないんですか?」

タモリ  「それは愛じゃないの。愛というものは、愛って何かというと・・・、
      愛は達成されなくなったら、人を殺すんだよ」

宮沢りえ 「そうか!そうですね。愛と憎悪は本当に裏っ返しってことですね?」

タモリ  「だから、愛ってきれいなものじゃない。いいときだけがきれいなの。
      悪くなったらものすごく汚いの。愛と夢と友だちを言うやつは信用できないの。
      若い人は、恋愛を愛と勘違いするけど、あれは、恋なんだよ。」

宮沢りえ 「愛とはなんですか?」

タモリ  「愛は、神しか言えないことじゃない?」

草彅剛 「燃え上がるものだったら、冷めるのも早かったりしますよね。
      熱しやすく冷めやすいというか、それは本当に愛じゃないのかもしれないし・・・。
      おれは愛というものはわからないし、独身ですし・・・、結婚とか思わないし・・・」

タモリ  「いいとこ見ようと思ったら、いいとこしか見えないし、
      悪いところ見ようと思ったら悪いとこしか見えない。
      ’旦那(夫)のこういうところが嫌いなの。’’パンツを脱ぎ捨てるから嫌いなの’っていうけども、
      理由があって嫌いになってるんじゃなくて、嫌いだから色々な理由が見つかって来るだけなの。
      ジャズ以外、あまり聞かないんだけど、浜崎あゆみの歌で感心したことがあるんだよね。
      ’はじまりは、わけもなく始まり、終わりは必ず理由を持つ’
      と、歌詞があって、よく言いあらわしてんな・・・意外とジャズだったなぁ・・・。」

浜崎あゆみ   「M」      作詞・浜崎あゆみ

’MARIA’愛すべき人がいて キズを負ったすべての者達

周りを見渡せば 誰もが慌ただしく どこか足早に通り過ぎ

今年も気が付けば こんなにすぐそばまで 冬の季節が訪れていた

今もきっとこの街のどこかで 出合って目が合ったふたり 激しく幕が開けてく

それでも全てには 必ずいつの日か 終わりがやってくるものだから

今日もまたこの街のどこかで 別れの道 選ぶふたり 静かに幕を下ろした

’MARIA’愛すべき人がいて 時に強い孤独を感じ だけど愛すべきあの人に
結局何もかも満たされる

’MARIA’愛すべき人がいて 時に深く深い傷を負い だけど愛すべきあの人に
結局何もかも癒されてる

’MARIA’誰も皆泣いている だけど信じていたい だから祈っているよ
これが最後の恋であるように

理由なく始まりは訪れ 終わりはいつだって理由をもつ・・・

タモリさんのトーストにバターを塗る音が嫌いなど、私も同意見ですhappy01



追記: 中国の戦国末の思想家、荘子も同じことを言っている。

「100分de名著 ‘荘子’」 2015年5月14日放送から

‘不測に立ちて 無有(むう)に遊ぶ    荘子 ’
(先のことを予測せず、未来のことがわからない状況で今を遊ぶ)

未来が分らないで進むことはとても勇気がいることだが、
その場その場にある「気」を感じ「直感」を行動に生かす。
どんな変化が起こっても、それを運命と受け入れ、楽しむ。
つまり、今を没頭するということ。       解釈(僧侶 玄侑宗久)

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