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2015年6月

2015年6月 1日 (月)

ねこつぶ(通りすがり②)

私と目が合った、その見知らぬ野良猫は、
体を平らにして道端のコンクリ―トと一体化してるつもりです。

そんな単純な技、一体どの動物がだまされるというのでしょうか?

野良猫は、緊迫したこの状況に、
表情をくるくると変え、思考をめぐらせていました。

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ようやく、野良猫は草むらへと、帰って行きました。


(おわり)  

2015年6月 2日 (火)

ねこつぶ(眠いけど頑張る)

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アリスは、6月1日で18歳になりましたheart04・・・・・・・・・推定だけど。

2015年6月 3日 (水)

ねこつぶ(仲良く待つ1)

2015年3月14日。

野良猫のシロとちびが、私が来るのを今か今かと待ってる姿がありました。

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シロとちびは、仲良し女の子heart04

私の車の音、歩く音を把握してるので、こちらを見入っています。

まだまだ、ちょっと寒かった日ですね。

ブルーシートは、野良猫たちのための「風よけ」。

2015年6月 4日 (木)

ねこつぶ(気になるあいつ①)

1年ほど前のはなし・・・。

見知らぬ転校生・・・野良猫リキが、シロの住む街へとやってきました。

ひと波乱の予感です------。

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シロは、足早に、その場を立ち去りました。


(つづく)

2015年6月 5日 (金)

ねこつぶ(気になるあいつ②)

次の日、リキが私を見つけて、立ち止まっていました。

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リキとは、少し離れた森のはずれの「一本松」で知り合って以来の仲です。

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(つづく)

2015年6月 6日 (土)

ねこつぶ(気になるあいつ③)

森のはずれから、町中へと引っ越してきた野良猫リキは、
不安から、やっぱり猫の友達が欲しいと言いました。

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(つづく)

2015年6月 7日 (日)

ねこつぶ(気になるあいつ④)

 

猫の友達が欲しいと言ったところへ、偶然にも野良猫シロが通りかかりました。

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(つづく)

2015年6月 8日 (月)

ねこつぶ(気になるあいつ⑤)

シロは、そっけない態度をとりながらも、友だちになってくれると答えてくれました。

大感激のリキは、嬉しさから、私にすりすり頭をこすりつけて甘えました。

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シロは、私を見かけるたび、慕って追いかけてきますが、
体を触られるのが大嫌いで、触らせてくれません。

私に対しても、そっけないのです。


(つづく)

2015年6月 9日 (火)

ねこつぶ(気になるあいつ⑥)

数日後、シロが、リキの近くに来ていました。

シロはこのあたりを縄張りというか、住居の敷地内感覚で、うろうろしているので、
リキに出会う機会が必然的に増えてしまうのでした。

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(つづく)

2015年6月10日 (水)

ねこつぶ(気になるあいつ⑦)

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シロは、私を慕って、毎日私の後を追いかけてくるけど、なついてはいません。

シロは「基本、一人が好き」な猫なのです。

仲良くなるには、至難のわざですが、リキは、なんとしても友だちになりたいようです。

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(つづく)

2015年6月11日 (木)

ねこつぶ(気になるあいつ⑧)

リキは「ミラーリング」をして、シロの気を引こうとしました。

「同じしぐさをするのは、気が合う証拠」という、アピールです。

本来、わざとする行為ではありません。

シロには、その魂胆がバレバレでした。

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あわれ、リキ君は、不器用すぎて、いろいろ誤解を生んでしまっています。


(つづく)

2015年6月12日 (金)

ねこつぶ(気になるあいつ⑨)

2014年9月14日。

野良猫シロが、だるそうに歩いていました。

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(つづく)

2015年6月13日 (土)

ねこつぶ(気になるあいつ10)

暑い日差しの中を歩いて来たシロは、足早に日陰へと向かいました。

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シロは、さっさと先へ行ってしまったかと思いきや、
待っていてくれていました。

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(つづく)

2015年6月14日 (日)

ねこつぶ(気になるあいつ11)

シロは、ことわざを、続けます。

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おや?誰かが、こちらへと向かってきます。

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野良猫リキです。

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野良猫3匹、鉢合わせ・・・。

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野良猫ちびは、リキの体の大きさに驚いて、逃げてしまいました。


(つづく)

2015年6月15日 (月)

ねこつぶ(気になるあいつ12)

野良猫ちびは、せっかくシロに会いに来たのに、リキに驚いて逃げ去ってしまいました。

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シロの危機!?チビは、ただ遠くから見守るしかできませんでした。


(つづく)

2015年6月16日 (火)

ねこつぶ(気になるあいつ13)

シロは、無事逃げ切りました・・・というか、リキは、遊んでほしかっただけなのでした。

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(つづく)

2015年6月17日 (水)

ねこつぶ(仲良く待つ2)

2015年3月18日。

野良猫のシロとくびわが、首を長くして、私を待っていました。

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下からのアングルのせいか2重あご・・・2匹とも、すごいブス顔・・・sweat02

2015年6月18日 (木)

ねこつぶ(気になるあいつ14)

2014年11月6日。

リキは、あわてたように隠れるシロを見かけました。

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(つづく)

2015年6月19日 (金)

ねこつぶ(気になるあいつ15)

2015年3月31日。春。

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(つづく)

2015年6月20日 (土)

ねこつぶ(気になるあいつ16)

野良猫シロがくつろいでいたので、
リキは今日こそはゆっくりお話しできると期待しました。

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リキは、シロにそっけなくされても、めげません。

(おわり)

2015年6月21日 (日)

ねこつぶ(ツツジのまやかし①)

2015年6月8日。午後2時。

中庭に、白い物体-----ねこ2匹。

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下の白の子、オッドとブルーが昼寝していました。

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よく見ると、ツツジの中にも、白猫が一匹。おそらくママの「下の白」でしょう。
この親子は、とても仲良しです。

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30分後。

下の白ママが、ブルーを探していました。

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下の白ママの不安がつのります。


(つづく)

2015年6月22日 (月)

ねこつぶ(ツツジのまやかし②)

子猫のブルーが見当たらないので、下の白ママは探しに向かいました。

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下の白ママ、大丈夫、たまには、こういうときもありますよ。


(おわり)

2015年6月23日 (火)

ねこつぶ(仲良く待つ3)

2015年6月17日。

シロとくびわが待っていました。

猫たちは、私の車の音を聞き分けて、今か今かと、耳をそばだてて待っているのです。

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2匹体をぴたっと寄り添っていて、かわいいheart04
ほんとに仲良しの2匹。
友達以上、恋人未満の関係。

2015年6月24日 (水)

カサンドラ続き・金銭感覚

芸能人のヒロミが、「伊代に家計を任せたら破産しちゃうよ(笑)」とテレビで言っていた。
松本伊代のハチャメチャぶりは、なかなかの発達障害っぷりだが、
世間は「ちょっと変わった人」という見方だ・・・。

私の母は、おそらく発達障害。

行動は、「思いつき」「行き当たりばったり」「その時の気分」が重視で、
微妙な違いが分からない----------。

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70代の母は、15歳のころから70代になるまで働きどおしだったが、いま貯金はほとんどない。
「働いていれば、とりあえずお金はなんとかなる」と言う言葉はよく聞くが、
やり方を間違えればお金は貯まらないのだ。
母は「一ヶ所で働くより、たくさん経験するのがえらい」という思い込みから、
転職を繰り返し、年齢以上の数の職歴を持っている。
つまりは、1年も経たずに転職してしまうものだから、
年末調整はしたことがなく、失業手当ももらったことはなく、ボーナスだって一度ももらったことがない。
ということから、就職したほとんどが社員扱いだったが、
長年働いていながら、年金をもらう資格が無くて、いま年金をもらえてないのである。

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30年以上前に母が、祖母の畑100坪を、生前贈与でもらったという話は、私は子供時代に聞いて知っていた。
だが、最近になって、
「‘ただで貰うのは、可哀想だから’と200万円を払っていた」という事実を聞いた時には驚きだった。
まさか、遺産相続でもらったものにお金を払うとは!!
遺産相続は「ただでもらう」という基本的なことを母は知らないのか!?
しかも、その土地は、50万円の価値しかなかったそうだ。

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20年ほど前、祖母が亡くなった時、遺産相続については、私は口を出さなかった。
祖母には分ける財産が無いと思っていたからだ。
農家なのに、家と少ない田畑を取り上げたら伯母一家が生活できなってしまう。
ところが、最近になって叔母が「もらうはずの山が勝手に売られてしまっていたの」と言うのを聞いた。
どうやら、祖母は山と広大な田畑を持っていたらしい。
そういえば、着物ひとつも、もらった話は気かなかったが・・・?と疑問に思っていたら、
母が電話で誰かとおしゃべりしてる内容にびっくり!

「ばあちゃんの葬式の時にね、近所の人が姉に‘財産分けはどうするの?’って聞いたのよ。
そうしたら姉が‘いいの、いいの。言わなきゃ気づかないいんだから’って。
あたしが近くにいること姉は知らずにそう言ってて。あたし、姉の秘密知ってるのよ(笑)」

どうやら、遺産分けはしなかったらしい。
いつもらえると思っているのだろう、母は?
遺産相続の期限は20年らしいが・・・。

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子どものころに10年間住んでいた家は、貸家で、30坪に2階建ての造りだった。
実は当時、大家から「土地と家込みで、200万円で買わない?」
と、持ちかけられてたということを最近知った。
私が「どうして買わなかったの?バカ安じゃない!?」と聞いたら母は、
「だって、いらなかったんだもん」と、ちっとも後悔もしていない顔。
あの家があれば、両親の離婚で大好きな故郷を離れる必要はなかったのに、と私は残念に思う。
家賃5万×10年=600万円。
400万円無駄に払っている・・・。
母は、「家賃5万円はいま思えば高すぎだったわ。3万円があの近辺では相場だった」と
家賃のほうを、ぼやいている。

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母は貧乏性で、贅沢はせず、おしゃれもせず。旅行もせず、日々節約にいそしんでいる。
節約が趣味にも見えるが、わたしから見るとまったく意味がない。

買い物はいつも夕方で、朝市も夕市もやってない時間帯に出かける。
クーポンやポイント倍デーも理解できないから使わない。
シニアカードがあればプレミアム商品券12000円分のを8000円で買えるのに、
「個人情報がもれる」といって破り捨ててしまった。
カード裏の住所を書いたことが不安ならば消せば済むことだったのに・・・。

水の節約も毎日頑張っている母。
風呂の残り水も、拭き取るほどまで、すくい上げて洗濯などに利用している。
だが、1ヶ月で4㎥しか使ってないので、そこまでする必要はないのだ。
「今の倍、水を使っても金額同じよ」と、明細書を見せて私は説明したが、
わかってもらえなかった。

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「大人だから知ってるだろう」、「誰もが知ってることだから大丈夫だろう」というのは、
発達障害の親には通用しない・・・。

ねこつぶ(花見の提案①)

2015年6月1日。ツツジ満開。

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(つづく)

2015年6月25日 (木)

ねこつぶ(花見の提案②)

あまりにも、ツツジが見事なので、シロは花見をしようと提案しました。

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(おわり)

2015年6月26日 (金)

カサンドラ続き・家事不向き

発達障害の人は、片付けが出来ず、家の中がものであふれかえっているというが、
母の場合は、かろうじて、そうはなっていない。
毎週、毎週、片付け、模様替えをしているからだ。
強迫観念からか、過去のトラウマからか、毎週片付けをする姿は「病的」といえる。
右から左へ、左から右へ。
ボロボロの段ボールなどを毎週移動させているが、捨てずに移動させてるだけなので、
一向にきれいにはならないのだった。
「せめて箱を新しいものに変えなきゃ、きれいにならないよ」と私が口を挟んでも、母は納得しない。
一種の趣味ととらえ、私と姉は放っておくしかない。
あるとき、近所の60代の男性がそんな様子を見に来たことがあった。
「奥さん、毎週なにしてるの?片付け?」
閑静な住宅に、母のカタカタと物を移動する謎の音が響き渡り、うるさかったのだろう。
だが母は、まったく気づかず、ごきげんで返答したのだった。
「私、働きものだから、体うごかしてないと落ち着かないのheart01

そうはいっても、ほんとうの母の口癖は「お母さんは、忙しいんだよ!!」で、
この行動が、どうみても無駄なんだよな。

毎週片付けしてるから、家の中が整頓されてると思われそうだが、大間違い。
基本の方付け法を理解してないから、物のありかが母しか分からないという状態になるのだった。
風呂に必要なものは風呂場に、台所に必要なのは台所に、
こんな簡単なこの基本を、母はわかってないから、家族は困る。
だから、たとえばタオル。
お風呂に入ろうとしたら、いつもの場所にタオルが無い。
母に聞いて居間に移動したことを知る。次の週にはそこにはない。
聞くと今度は、押し入れ中だという・・・。
そんな具合で毎週タオルの置き場がころころ変わるのだった。
タオルごときで疲れる。

マグカップもよく消える。
食器棚になぜか置いてないのだ。
6個くらいあったはずだが、一つもない。
ありそうな場所を探す。
さすがに、台所以外には置かれてないはずだと、
洗いっぱなしでカゴの中?水道の両脇の右と左のカゴの中を見て見るが・・・ない。
調理テーブルの上?テーブル下の棚?・・・ない。
しかたなく、母に聞くと、
「ここにあるでしょannoy」と母は、調理テーブル下の棚の奥の棚に手を伸ばし、
大きなザルに入れられたマグカップを取り出した。
これはさすがに、わからん・・・。

母は、「元に戻す」ということが出来ないのかもしれない。
水生フェルトペンを母は、よく使うのだが、キャップをし忘れるので、しょっちゅう、ひからびさせてしまうのだった。
(水生なので、水を差せば復活するが・・・)

電気もよく消し忘れる。
台所は盲点なのか、母は台所の電気をつけっぱで昼寝やテレビを見ている。
そのくせ、私には厳しい。
「だらしない!!」と眉間にしわを寄せながら、
私が物を取りに行ってるすきに洗面所の電気を消したり、
トイレに行ってる間にテレビを消したり。
誰がテレビをつけたのか忘れてしまうから、
私が見たいと思って点けたばかりのテレビを消されたりして(ちゃんと席に着いて見てるのに)、
ほんと、めんどくさい・・・。

料理は、やれば絶品、プロ並みなのだが、それはその手の仕事に就いてる時だけだったりする。
仕事の時と同じ意識で家でも行動するから、
料理関係以外の仕事に就いてた場合、ろくなおかずが出てこないということに・・・。
母は、職場でのやり方が絶対だから、
職場でのやり方で、野菜を切り、あく抜きは「一晩水に漬ける」をする。
たぶん店は、作り立てをお客に提供するために、「しこみ」で前日に切り置きしてるだけなのだと思うのだが、
母には、その違いが分らないのだ。
ラップも二重にかける。・・・たぶん店のは容器が大きくて一回では覆えてないからでは?
と思うのだが・・・ラップ二重はもったいないと思う。
ともかく、母は、食べることに興味がないから、白飯が保温しすぎて黄ばんでいたり、ひどいものだった。

洗濯は、常に夕方。
雨が降っていようと、洗いたいときに洗う。
しかもアイロンの手間を省こうとしてか、脱水しない。
かぶれ臭くならないのか?と思うが、しょっちゅう漂白剤をしてるので、それは大丈夫のようだ。
母は、漂白剤が大好きなのようで、台所やふろ壁にも使用してるらしい。
けど、茶渋以外、まったくきれいになっていない。
「ちょっとした汚れは、すぐに拭く、」という基本行動をしないからだ。
「漂白したら安心」の心境になってしまうのかな?
同居してた時は、よく大事な服を漂白剤でまだらにされたものだ。

掃除は嫌いなようで、落ちてるゴミはなかなか拾われない。
私がゴミだと思っても、「再利用するから」と大事にしてることがあるので、
見て見ぬふりをしてるのだが、1ヶ月もそのままなことが多い。
しょうがないので、母が留守の隙に、私が見かねて掃除機をかけるようにはしてる。

カサンドラ・解決できない

先日、一人暮らしの母のところに市役所の人が何かしらの手続きにやってきたとき、
毎回くれるはずのゴミ袋を置いていかなかった、と母が誰かに電話でぼやいていた。

「私は会話中もゴミ袋のこと気にかけてたから気付いてたんだけど、
担当の人はそのまま帰っちゃったのよ。」

ふつうなら帰るところを引き留めて「ごみ袋はもらえないの?」と聞くものだが、
しなかったらしい。
母は、相手に対して「完璧」を求めるのか、「相手が自身の間違いに気付いて何とかしてくれるもの」だと、
思いこんでるふしがある。

だから、母はぼやくばかりで基本、何もしないのだった。
一週間以内なら、電話で「もらえなかった」といえば届けに来てくれると思うのだが、
それさえも母はしようとしなかった。
私が電話かけてもいいが、相談はされてないので、私はやらない。
ゴミ袋もかなり残ってて、もてあましてるようだし・・・。

.

去年の台風時に、近所の一枚の大きなべニア板が、かなり重いにもかかわらず、
20メートル離れた場所まで飛ばされて落ちていた。
遊歩道をふさぐように倒れてて、母は「早くどかしてくれないと迷惑だわ」と誰かと電話で話していた。
べニア板が飛ばされてることなど、たぶん住人はまだ気が付いてないのではないか?と私は思った。
住人は一人暮らしの高齢の老人で入退院を繰り返してるとかで、元に戻すのは無理じゃない?
母に内緒でこそっと元の場所に戻したら、「戻してあるわ!!」と母は、また誰かに電話していた。
私が直したと言ったら、「よそもののくせに!」とこっぴどく怒られた。
こういうことは、近所のよしみで、こそっと何ごともなかったように、直すのが礼儀じゃないかしら?
大事(おおごと)にするなんんて変だわ。

.

去年、母の家に近所の人が6人ほど押しかけ、「通路に出ている植木鉢を片付けるように」と苦情を言ってきた。
「車いすの人やベビーカーが通れない」と彼らは理由を述べたが、
そういった住人も来客も私は目にしたことがないから、本当の理由は別にのところにあるのだろう。
たぶん、「母のしょぼくれた植木が外観を悪くしているから片付けてほしい」ではなかろうか。
母の植木は、長方形の大きな植木鉢に3本ほどのひょろひょろとした雑草が生えた変なものだった。
「他の人だって、通路にたくさん植木鉢置いてるじゃないの!!」と母は叫ぶ。
他の家のは、売り物になるくらい立派な出来栄えだからね、と私は思うが、
母には、その違いが分らないのだった。
彼らは「植木鉢ベランダに置けませんか?」と提案したが、母は興奮してしまって、
「これは私の生きがいなの!植木をやめろというのは、死ねと言ってるのと同じだわ!!」と
わめきたてた。
「死ねなんて言ってないよ。ベランダに移せないのか?って言ってるの」と
穏やかな口調で言ったが、母は聞く耳持たず、わめきつづけた。
「死ねって言ってるのね!死ねって言ってるのね!」
理屈が通じない。
母の頭の中には「文句を言われた」といった悲しみの「感情」が占め、
「相手の言い分」は隅に押しやられてしまったようだった。
話合いにならないので、彼らはひとまず帰って行った。
母にとって大事なのは、「会話の内容」よりも「どう自分が扱われたか」なのだった。
そもそも、母にとって「話し合い」自体が「攻撃」なので、
自分のやりたいことを邪魔するのは「敵=悪い人」でしかなかった。

母は、20年以上におよぶ悩みを持っている。
それは、「不当なやり方で離婚届けを出されてしまった」ということだった。
母は、市役所などに「近所の人がグルになって、父をそそのかした」と訴えたが解決にはならなかった。
母の説明は「みんなが寄ってたかって、私を陥れた」という感情を前面に出しているので、
どの人も「愚痴を言いに来ただけなのかな?」と勘違いしてしまうからのようだ。
ことの発端は、
あらかじめ誰かが記入した離婚届に、母はただ父が用意した印鑑を押し、
母は「そんなインチキな書類が受理されるわけがないわ!」とたかをくくっていたら、
本当に受理されてしまった、ということらしい。
3年以内なら取り消しが出来たようだが、母はその存在を知らず、
もしくは理解できず、出来なかったのだった。
母は、今も感情を高ぶらせてぼやき怒っている。
訪問販売の人だろうと、誰かを捕まえては30分以上かけてぼやいているのだった。
父は、もう亡くなっているのに、母の目的は何なのだろう?と思う。
どうしようもないことで、日々時間を費やして・・・。

母の心には、
「裏切られた」 「捨てられた」
と言った悲しみの感情が、全体を占めているようだ。
自分のしたことを棚に上げて、相手がしたひどいことだけを覚えていて、恨んでいる。
でも、悲しいからと言って泣き暮らしはしない。
「相手が悪い人だから」と、怒りを周りにまき散らすのみ。
なぜ、自分は人から、いじめられたり、ひどい目に合うのか?
発達障害特有の「変な言動」が原因だとはつゆも思わないらしい。
誰しも自分の悪いところは気づきにくいから、これは自覚無くてもしょうがないのかもしれないが、
「自分って、ちょっと変かも?」と、ちょっとは思ったりするものだと思う。

母は、自身がいじめに遭う原因は、
「私が綺麗だから!」と本気で思っている。
かれこれ40年以上、そう親戚たちに発言している。
綺麗すぎるから、嫉妬されて意地悪されるのだと、母は言う。
20歳のころモテたのを、なぜか現在進行形扱いで「私はモテるのよ!」と
今も、恥ずかしげもなく、言い放つ。
母は、ごく普通のどこにでもいそうな高齢者なのだが・・・・。

テレビで、ごみ屋敷の住人に、役人や住民が必死で「説得」をしてるのを見かけると、
「理屈が通じない人もいるのに、無駄なことしてるな」と思ってしまう。
母と同じように、この住人もたぶん「説得=攻撃」と感じる人にちがいない。
まずは「仲良くなる」「親切にしてあげる」をしないと、ただ反発され悪化するだけ。
ゴミ捨て場からごみ袋を持って帰ってしまう場合は、ゴミ袋から何を探して欲しがってるのか聞き、
明確なら、ゴミであろうとそれを住民そろって、分け与えれば、満足して集めなくなるかもしれない。
「近所の人が困ってるよ」もの言葉も通じない。それは、
「なぜ、人のためにやらなきゃいけないの?」という考えの持ち主だから。
かといって、不親切な人間なわけではない。
「防衛」が主体なので、自分が安全だとわかり、余裕ができたなら、
ようやく、まともな行動をしだすだろう。

親のありがたみ?

「結婚して、親のありがたみがわかったでしょう?」
姑がニコニコと、私にそう言った。
悪気があっての言葉ではない。
彼女の発する言葉はいつも「常套句(じょうとうく・一般的によく聞く文章)」なのだ。
彼女のその言葉には「そうなの、私たち親世代は、すばらしい存在なの。気づいてくれた?」
という意味が含まれてる気がした。
‘この人は、幸せな親子関係を築けたんだな’と私は感じた。
そうでなければ、こんな言葉は出てこない。

もの心ついた時から、両親は殴り合いのケンカしてて、
「いつかとばっちりで、両親から殺されるのではないか?」という不安を抱えてた私の小学生時代。
何かあたっとき、親が守ってくれるという期待は持てなかった。
中学からは、母とはそりが合わず、ことあるごとに母はいつも私に、
「男が欲しいんでしょ?欲求不満なのよ!!」と声を荒げていた。
いま思えばこの言葉はほんとうは、父の女性友だちに言いたかった言葉なのだと思う。
母にとって、ただの、私はうっぷんのはけ口・・・言う相手を間違えてる。

「親の言ってた言葉(忠告など)が、今(だいぶ大人になってから)になってからわかる」とか、
「子どもを持って、ようやくあの時の親の気持ちがわかる」などと聞くが、
たぶん、私は一生思うことはないだろう。
親から教わったものなんて何もない。
ひらがなだって、小学校入る直前に近所の年下の子がひらがなを書けるのを見て、
私はあわてて、自力で覚えたのだ。(幼稚園、保育園など行かせてもらっていない)
両親は「学校がすべて教えてくれる」だとか「世間が教えてくれる」と本気で思っていた。
だから、小学一年の時に時計の見方を知らないと知るや父は、
「となりに行って、教えてもらってこい!!」と私を隣の家に走らせたのだった。
母の口癖は「そんなことも知らないの?学校出てるのに?(笑)」だ。
「それはね、こうすればいいのよ」と指導された記憶がない。
なんたって、教えるのは世間や学校だから・・・。

だからといって両親が放任主義というわけではなかった。
「過干渉」というより、「束縛」「支配」のほうが近いかもしれない。
「◯●しちゃダメだ!」「△△はお前には無理だ」
恐怖心をあおって、私たち子どもの好奇心や行動力を失わせた。
家族で出かけることもなく、学校行事以外には参加させたことがない。
親戚づきあいもない。
家と学校の往復しかしない日々。
近所より外側の世界は、成人するまで知ることはなかった。
でも、私が世間知らずなこともあって、不満も不安ではなかった。
私の将来は、親が決めた陶芸家だから、その道を頑張ればいい。
親の決めた仕事をし、親の決めた相手と結婚する。
頑固な親だから、きっと抵抗は出来ない。
でも、家業を守るためにはそれが一番なのだ。
自己犠牲こそが、家を守ること・・・私は思っていた。

だが、結局のところ、陶芸家の道は用意されてはなかった。父の長年のたわごとだったのだ。
「お前には誰も期待はしてないよ。ふつうに働きに出なさい」と母は言った。
水を全身にかけられたような、大ショックを受けた。
母は、母と同じような人生を娘にも送ってもらいたいと願っていた。それが娘の幸せだと。

働くことは嫌いじゃない。
けど、サービス業は芸術家とは対極的な職業だ。心構えがちがう。
例えて言うなら、自衛隊が保育士なんてなれますか?と。
世間は、長年芸術の没頭してきた職人気質の私を異物として毛嫌いした。
世間で必要な人間は、明るくておしゃべりで、相手に合わせられる調子いいヤンキータイプ。
真面目で口下手な人は目障りで、いじめの対象でしかない。会社の中のほうがいじめがあるのだ。
学校では勉強など頑張らず、友達とふざけ合ってコミュニケーション能力を鍛えておけばよかったと本気で思う。

両親は、子どもは社会に出た途端、何でも出来るようになると思いこんでいる。
(たとえば、結婚したらいきなり料理が作れるようになるとか。)
でも実際は、ほとんどの人は、そこにいたるまでに予習はしているのだ。
両親の働きに行く姿を見て、身支度の手順を学び、
会社での苦労話を聞いては、人間関係のあり方を無意識に学ぶ、と。
日々の生活の親の行動から、いろいろ無意識に学んでいるのだ。
小さな子供時代から、すべての経験が就職など生き方に結びついているのだ。
人生という道は、いつだって地続きなのである。

なのに、親はほとんど家にいなくて、会社の話も聞かされなくて、
私は、社会に出るまで、なにも経験を積んでこなかった。
親の言いなりのままの、命令を待つだけの、ただの生きた人形だった。

そんな人形の私は、いきなり、思いがけず社会に放り出され、イメージの中に荒野を見た----。

私の目をおおっていた誰かの両手が外された途端、目の前に広がっていたのは、
黄土色した荒野だった。
木はほとんどなく、地平線の彼方まで枯れた草がところどころにあるだけ。
思いがけずいきなり、連れてこられたから、
私の格好はというと、Tシャツにミニスカート、足元はつっかけサンダル・・・。
振り向けば、もう誰もいなくて、ただ荒野の真ん中に、ぽつんと私ひとり立っている。
これからどこへ行けばいいのか?どうやって生きて行けばいいのか?まったくわからない。
きっと他のふつうの家族だったら、荒野に行く子どものために、
あらかじめ荒野に合わせた靴や服を準備させたりアドバイスしたり。
自ら行きたいと望んでいた場合は、行く前からすでに情報を仕入れてるだろう。
食べられる草木を学んでおいたり、都会につながる道なんか知っていたら、怖いものなしだ------。

身だしなみのことから、何から何まで、社会に出てからさぐりさぐり自分で見つけるしかなかった。
サラリーマン経験者は、とんちんかんな母だけで、
姉は病気で就職を親から免除されてたから、見て学ぶことも出来なかった。

何でこんなところに自分はいるんだろう?という気持ちでずっと生きてきた。

母は、自分のように平凡に生きてる私を見て満足してるみたいだけど、私の心は不完全燃焼だ。
けど、いまさらどうしようもない。

.

両親が離婚してしばらくした時、父は私に言った。
「お前が誰と結婚しようが何だろうが、オレはかまわない。だから好きに家を出てっていい」
実の父親とは思えない驚くべきセリフ。
父は、娘より愛人をとったのだ。
私が家を出て1年後、腹違いの妹が生まれた・・・・。
..

私が結婚した時、姑が「親のありがたみがわかったでしょう?」とにこやかに言った。
私の心に、七味のようなピリリとしたスパイス的感情が、一瞬、走り抜けた・・・。

ねこつぶ(かわいい訪問者)

2015年6月25日。

ノラ用猫ハウスに、子猫がひとり寝ていました。

1 実際はもっと口をあけっぱで眠ってたんだけど・・・。


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あなたこそ、だれ?

たぶん、下の白の子どもだと思うんだけど、近くに親の姿なし・・・。

ちゃんと一人で家に帰れるね?

2015年6月27日 (土)

ねこつぶ(今日は不運?①)

2015年5月14日。

ふだん猫嫌いの野良猫ニケが、驚いたことに、仲良く誰かとすわっていた。

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白い猫は、3匹いるけど、誰だろう?

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くびわ、だったか・・・、まぁ、そうだろうね。

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柵から出たところで、野良猫リキと鉢合わせ。
おでことおでこがぶつかっちゃったよsweat01


(つづく)

2015年6月28日 (日)

ねこつぶ(今日は不運?②)

出合い頭に、おでこ同士がぶつかり、くびわは痛がりました。

ところが----・・・。

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男同士、ふざけ合っていただけでした。


(おわり)

2015年6月29日 (月)

ねこつぶ(困ったなぁ)

ねこつぶ「かわいい訪問者」のつづき。

2015年6月28日。

野良猫「下の白」が子猫たちを連れて、我が家の猫ハウスに引っ越してきてしまったらしい。
前回の訪問は、「お試し」だったようだ。
困ったなぁ、下の白はもともと1階の人が世話してた猫で、うちの管轄ではないのだが・・・。
この場所は、しょっちゅう解体してるので、落ち着ける場所ではないことぐらい、
長い期間見てて、わかってるはずなのに・・・。

昼2時。

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猫ハウスの段ボール箱には、3匹の子猫。(白猫2匹、黒キジトラ1匹。)

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夕方5時。

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この日は、雨曇りで肌寒かったせいか、台の上で3匹が身を寄せ合って丸まっていた。
(箱の中は子猫で満員で入れず)
くびわは去勢してあるので、この子の父親ではないが・・・あらま、愛情で包み込んでいない?
子猫の体が冷えないよう、体をくの字にして密着させている。
気の強い(母は強い)下の白にお願いされちゃったのかな?
くびわは、ほんとうは子猫が苦手なはずなんだけど、無理しちゃってる・・・sweat02

3日後の水曜日に、母が近所の人と共にに里親センターに、この子猫を連れて行くらしい。
「里親センター」って「保健所(処分場)」じゃないよね?
戦時中、ナチスは、「強制労働収容所」といっておきながら、「絶滅収容所」だったりしてたから、なんだか怖いわ。

2015年6月30日 (火)

ねこつぶ(仲良く待つ4)

2015年6月12日。

今日は主要メンバー4匹が、私を待ってくれていました。

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くびわは、疲れてるのか待ちくたびれて、本気寝していました。

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