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2015年10月26日 (月)

重度貧血で入院②(機械的に)

9月29日(入院当日)

救急車に乗せられたものの、なかなか出発しなかった。
受け入れ先の病院を探さなければならないからだ。
救急隊員は、かつて私が入院しかけた個人経営のI病院へ運ぼうと考えてるようなので、
私は「そこは相性悪いので、やめてください」と懇願した。
そこの病院は医師どころか他のスタッフともそりがあわなかったからだ。

救急車は、サイレンを鳴らしながら、くねくね走り、私のメニエール病を刺激しつつ、
I病院とは別の、大病院へ到着した。

病院に到着するとすぐに、激痛に苦しむ中、CTスキャンや心電図、エコーなどの検査が行われた。
まったく歩けないため移動は担架か車いすだった。
う~んう~んうなりながら運ばれる私を、
待合室の患者たちが好奇な目で見てるのがちらりと見える。
もう、死ぬほどの苦しみで、いま自分がどの場所に移動して、
どこに部屋に着いたのか、まったくわからない。
頭に中には、
「くるしい>つらい」
だけの文字が浮かぶ。
苦しくて喘ぎつづけ、口の中はからからに乾き、いつのまにか、唇も乾燥して皮がめくりあがってしまった。
「水ください」
そう言ったが、看護婦からは「点滴してるからのどは乾かないはず」と水をもらうことは出来なかった。
‘死にかけてる人に水をあげると死ぬよ’という戦時中の被災場面が頭をよぎる。
だが、私には自分が死ぬという感じはしなかった。
死の領域までは、あと5歩足りない・・・そう思えた。
(死ぬってなんて大変なんだろう?)
当然ながら、そのまま入院となった。

ベッドに移されたものの、体はまったく楽には、なっていなかった。
抗生剤の点滴をしていても痛み苦しみは治まらず、39度の高熱もそのままで、
うめきながら、身をちぢめて我慢するしかなかった。

そうこうしてるうちに夕食の時間になり、来院後はじめての病院食が出された。
ちらりと目をやると、定食風のメニュー。
食べる気力がなっかったので、ずっと付き添っていたツレにあげた。

何も食べたくない、でも口の中が乾ききっていた。
なんとなくネクターなら飲めそうな気がして、買ってきてとツレに頼んだ。
でも、院内に販売してあったのはイチゴオレとバナナオレとうことで、バナナオレを手に取った。
200gの小さな紙パックジュース。
あんなに飲み物を欲しがっていたのに、力尽きてその晩、半分も飲むことが出来なかった。

9月30日(入院2日目)

夜、夜中も苦しみ悶え、朝になった。
少し動くだけでも激痛で、上半身を起こすのに30秒ほどかかった。
歩くことが出来ないので、トイレに行くときは、車いすにうずくまって乗せてもらい、
看護婦さんに押して運んでもらわないといけなかった。

そんな状態でも、食事は、朝昼夕と定食のようなしっかりとした食事が届いた。
病状を無視したようなメニュー。
まったく食べたい気がおこらない。
手つかずで食事は下げられていく。
(あのまま、破棄されるんだろうな・・・)
食品ロスを気にかけた生活をしてきたが、「残さない」どころか「まったく食べられない」。
きっと、病人の症状に合わせたメニューに変更するには時間がかかるのだろう。

高熱でつらかったので、水のペットボトルを首にあてがって自分で冷やした。

Photo


930


10月1日(入院3日目)

1怖い夢ばかり・・・。

38度の高熱と体の傷みはまだあったが、一人でトイレに行けるまでにはなった。
だが、食欲はまったくわかず、みかん半分食べるのが精いっぱいだった。
にもかかわらず、この日も、毎度、時間になると定食のような病院食が届いた。
(高熱で食欲が無い場合、とろとろした食事じゃないとダメなんじゃないかな?
消化に悪いものは、体のエネルギーが胃の消化に向いてしまって、
体に治癒が後回しになると聞いたことがあるんだけど・・・?)
病状と食事のメニューのギャップに私は違和感をかんじぜずにはいられないかった。

食事が運ばれてくるたび、 私の頭の中では「バッヘルベルのカノン」のメロディが流れた。
それは、大友克洋のアニメ「工事中止命令」の食事の場面に使われた曲で、
ロボットが時間になると食事を運んでくるのだが、回を増すごとにネジだの針金だのが
混ざって変になっていくことにロボットは気が付かず、機械的に時間になると食事を
運んでくるという場面に使われていた。
「機械的に」というところが、なんだか同じに感じた。

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10月2日(入院4日目) 

朝食は、5口ほど食べることが出来た。
少し食欲が戻ってきた。
だが、まだ、ほとんど食べられない。
なんだろう?白飯の臭いが気持ちが悪い気がする。
妊婦さんがご飯の炊きあがる臭いがダメと言う人がいると聞いたことがあるが、
貧血になると白飯を受け付けなくなるのかもしれない。

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膳を下げに来た看護婦に「ごはんの臭いがちょっとだめみたい」と言ったら、
「白飯(ごはん)以外にも、‘おかゆ’か‘うどん’、‘パン’に変えられますよ」という。
「うどん」にすることにした。

ほんとは「おかゆ」のほうが胃にはいいと思ったのだが、
以前、I病院で入院キャンセルになって帰る時に、食事担当の看護婦が、
「おかゆのことは気にしなくていいですから~!!」と、声をかけられ、
(‘手間暇かけて作ったのに~!!’と言う意味なのだろうか?)と戸惑ったことがあったので、
頼めなかったのだ。
(1日だけのおかゆならレトルトのでいいじゃない・・・?)

昼食は、さっそくながら、主食が「うどん」に変更されて届けられた。
(乾麺かぁ・・・)
冷凍うどんを期待してたので、ちょっとがっかり。
体調のせいか、めんつゆが激塩辛に感じて、味の面でほとんど食べられなかった。
しかたなく、次回から「パン」に変更してもらうことにした。

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夕食、この回から、主食が「パン(=食パン8枚切り1枚)となった。
久々に食べた酢の物のうまさに感激。おでんは半分まで食べることが出来た。
3、4日ぶりに食事がとれるようになったのだった。

だが、子宮がかなり腫れてるため胃がふくらまず、少し食べただけでお腹周りが張って苦しくなってしまった。

Photo_2


10月5日(入院7日目)

AM11:00

栄養士さんが1週間の食事表を持ってきてAかBのメニューを選ぶよう言ってきた。
私は掲示板で、「病院食は、一食460円だが保険で260円になり、Bは20円増し」というのを
見かけてたので、Aにした。
AもBもさして、おかずに違いはない。
「主食はごはんでも大丈夫です」と言ったが、退院するまで食パンのままだった。

Photo_3葉っぱと卵とパン(8枚切り)・・・かなり粗食


Photo_4味噌汁は付いてたり付いてなかったり・・・。
                            

(つづく)

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