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2016年3月29日 (火)

腰が痛いのだけど・・・②

半年前の2015年9月29日に、私は、腰の激痛と高熱で、2週間入院した。

細菌により子宮が壊死しかけてたらしく、
筋腫による貧血などがなければここまでひどいことにはならなかったようだ。

筋腫はいまも体の中にあって、14センチくらいにはなっていると思う。

ここまで大きいと、医者は摘出手術をすすめ、多くの患者は、手術に踏み込むだろう。

大きさに関わらず、筋腫があると、なにかと生活に不都合がおこるから、
ちゃっちゃと切り取ってしまうのがベストだとは、わたしだって、頭では思っている。

が、運のない人生を送って来てるから、失敗などが怖くて私は決断できない。

手術前の下剤や(下剤は飲んだことがない)、傷の治りの悪さ、
看護婦との接し方も心配だし(女に嫌われるタイプ)、
前回、微熱で手術がキャンセルすることになったこともあるから、
風邪をひかないでいられるかも、不安だったりする。

見た目では分からないけど、私は病弱体質で、年中のほとんどを、風邪ひいてるのだ。

せめて、身近に手術経験者がいて、経過を見聞きできていたなら、
少しは励みになるだろうにと思う。(経験者のブログではちょっと、まだ・・・)

.

退院後、定期的に検診があり、
前回の12月22日には、筋腫をどうするか考えてくるように医者から言われてた。

「筋腫だけ取るか」「子宮ごと筋腫を取るか」「様子見にするか」

「様子見」という逃げがまだ可能ならば、私は迷わず「様子見」を選ぶ。

「様子見」があるってことは、まだ余裕があるってことだから。

開腹手術はやはり怖い。

子どもを産んだこともないから、なおさら怖い。

ツレも私と同意見で、「手術はできるなら避けたい」と言った。

ツレも、私同様、臆病ものなのだ。

.

先日の3月22日は、退院後、4度目の検診だった。

前回の先生の言い方では、今回が最後の検診になりそうに思えた。

筋腫をどうするかは、「様子見」と答えるつもりだった。

これで、婦人科の屈辱的な検査ともおさらばだ、という晴れ晴れな気持ちだった。

だが、このところ腰痛がひどいので、筋腫と関係あるかは聞いておこかなければ・・・。

問診室に入るなり、私は、

「朝起きると、毎日、腰が痛いんです」と、聞いてみた。

すると医者は、

「手術しても腰痛は治らないかもよ」というのだった。

ん?

予想してた答えと違ったので、ちょっと戸惑った。

が、次の質問へ。

「生理が乱れて来てきたみたいです。閉経が近いんじゃないですか?」

閉経すれば筋腫との戦いは終わる。

‘閉経まで1年切ったなら血液検査をすれば、
いつ閉経するかわかるのでは?’と、血液検査を私は期待した。

でも、医者は、

「年齢的に閉経する人もいるでしょうね。
生理が全く来ないことを、閉経というんですよ」

と、一般的な答えをしただけだった。

なんだか、会話がかみ合わない。

医者は、私が手術をお願いしに来たと思い込み、それ前提で話していたのだった。

しかし私の優柔不断な態度に、そうでないことに気付いた医者は、

「なんだ~、決めてこなかったの~?じゃぁ、次回までに考えてきて!!」といったのだった。

.

考えてきて?!

私の答えは、基本「様子見」なのだが、場合によっては手術も可といったところだった。

「腰痛は、筋腫が原因でしょう」と言ったなら、「手術します」というつもりだった。

私は「手術するほかにない」といった、逃げ場のない決定的な、内容を欲していたのだが、
医者は言ってくれなかった。

あの入院する事態になったことが、医者からすれば手術する決断になると思ったらしい。

確かにあれは苦しかったが、妊婦が出産したとたんに陣痛の傷みを忘れるのと同じ現象が私にも起って、
あの激痛は、遠い過去の記憶になって現実味が無くなってしまっていたのだった。

.

医者の「考えてきて」の言葉に、「手術します」という答え以外は受け付けないと言ったニュアンスをかんじた。

その上、私が手術をすると決めると思ったから、今回の検診は簡単なものだったのだ。

「様子見」なんて選択はもともとなかったという事を気づかされ、恐怖におののいた。

この今回で終わると思った屈辱的な検診は、「手術する」というまで、続くようだ。

はっきり「手術する覚悟を決めてきて」とか「手術の期日を決めてきて」と言ってくれた方が、
腹を決めることも出来たのにと思う。

.

とりあえず、次回の6月22日まで結論は持ち越しとなった。

次回は「手術します」というしかないようだ。

手術するとしたら、言ってから半年先になるから、来年の今頃になるのかもしれない。

失敗のことも考えて、身辺整理を少ししておこうと思う。

.

大事な局面での医者との会話のかみ合わなさは、
時間が経つほどに、絶望とも思えるほどの不快さをかんじ、
声を立てて泣きたい気分になった。

今年はZARDが結成25周年だという。

2007年に謎の死に方をしたけど、いったいなんの病気で入院してたのか知らなかったので検索してみたら、

2001年(33歳頃)から、
子宮筋腫、卵巣嚢腫、子宮内膜症の病気になり、
しまいには、2006年に子宮頸がんで手術したものの.
2007年4月に肺への転移が判明、1ヶ月後の5月に1階の手すりからの転落死とあった。
享年40歳。

こんなに子宮周囲の病気を繰り返してるのなら、
早い段階で、子宮を全摘していれば、転移になることはなかっただろうに、と、思うが、
やはり、まだ若かったから、取りたくなくなかった気持ちはよくわかるよ・・・。

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