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2016年3月16日 (水)

母の大事な着物

日本人である以上、和服は自分で着つけることが出来ないといけないと思っている。

外国人に、着方を聞かれても、すんなり説明できるくらいに、簡単に着れるようになりたい。

漫才師の内海好江さんが、訓練の末、舞台のさなか着物の早着替えを
5分でやってのけた話を聞いて、なおさらそう思った。

今の時代の着付けは、タオルでゴテゴテと形作っているけど、
昔風の、中村鴈次郎さんが映画の中で歩きながら着るみたいに、ぱぱっとした着こなしでやりたい。

.

子どもの頃は、正月や七五三の時には、母が着つけてくれた。

夏の浴衣の時もそうだ。

母は、着物を私服にしてる人が多い時代の人だから、当たり前に着つけることができる。

しかも、母は若いころ、和裁も習ってたから、さぞかし着物には詳しいだろう。

4年前、母は終活からか、「お前たちに着物のこしらえ方を教えないでしまったね」と言ってきた。

私はここぞとばかりに、「こしらえ方より、着付けの仕方を教えてよ」と言った。

すると母は、自分の思いとは違う返事が来たせいか、ムッと腹を立てて、
「着付けは美容院でやってもらばいいでしょ!」と、大声を上げたのだった。

今どき手作りなんて・・・、そういう人が周りにはいない時代の上、
高級な反物を経験もない初縫いで台無しにしたくない。

時代錯誤だ。

ま、母は変わり者なので、しかたあるまい。

当然ながら、着物の作り方は教わらなかった、
というか、母はいつも思いつきで言うだけだから、実行はない。

.

母は、着物を大切にしていた。

安物で、4着くらいしかないけど、わざわざ桐たんすまで買って、大事にしてた。

2年前に、母は、もう自分は着ないだろうからと、私に着物を全部くれると言ってきた。

母は、部屋中に着物を広げ、私は試着してみた。

自分でいうのもなんだけど、すごく似合う。

成人式用に着物は作らなかったため、1着も着物を持ってなかった私は、とてもうれしかった。

ここから着物の世界に踏み込もう。

着物の問題点は組み合わせで、季節によって、着る柄も決まってるというからそこが難しい。

と見ると、素敵な真っ白な生地の着物用の帯がない。

帯は母が、汚れがひどかったので捨ててしまったという。

私は、母に店で一緒に目利きしてもらうつもりで、
「リサイクルショップで買えばいいね」と言った。

着物はとりあえず、また母の箪笥に戻された。自宅には保管スペースもなかったからだ。

ところがつぎの日、ふだん通り実家に来ると、母が怒りの形相で走り寄って来て言うのだった。

「リサイクルショップに着物を売るつもりなんでしょ!?」

一晩で母の記憶は、誤変換してしまったらしい。

もはや、私の意見を聞き入れる精神状態には見えず、
いいわけをしたところで、言い合いになるのはわかっている。

ケンカなどしたくないし、打たれぐせが付いてる私は、肯定も否定もせず、身を引いた。

「いらない、いらない。着物はいらないよ。」

母はそれを聞くと、鼻息を荒くして、私を睨みつけながら身をひるがえしたのだった。

着物なんて、必要であれば、中古で買えばいいことだ・・・必要があれば。

自宅と実家の往復くらいしかしてないから必要な時が来ないが、まぁ、つまり縁が無いのだろう。

.

それから1年後。

母が電話で友人に着物のことをしきりに話していた。

どうやら、姉が着物を売っぱらってしまったらしい。

再婚してお金に困ってた姉は、着物をお金に変えてしまったようだ。

全部でたったの5000円だったらしい。そもそもブランド物はなかったから・・・。

母は、自分の気持ちを納得させるためか、
「誰れかに着てもらえると考えれば、このほうがよかたんだよね?」
と友人たちに電話で何度も繰り返し、話していた。

母は肝心なことは私には話さないので、
私は真実を確かめるため桐たんすをこっそり開けて確かめてみら、
みごとに引き出しの中は空っぽになっていた。

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