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2016年4月13日 (水)

被爆体験談,海外メディアは無視

2016年4月10日の新聞に、

被爆地・広島で10日から始まる主要7ヶ国(G7)外相会合のために用意してあった、
被爆体験談の会に、海外メディアは誰ひとり参加しなかったとあった。

.

これを知って、ちょっと、ショックだった。

でも、参加しない気持ちは分かる。

被爆体験者とはいえ、話す人は、素人でしょ?

と、退屈なイメージがある。

ちゃんと興味もてるような、飽きさせない話し方が出来るの?と、思ってしまう。

せめて、「はだしのゲン」の作者である中沢啓治さんが来ていたなら、
「あぁ、あの人が来るの?じゃぁ、聞いてみようか」となったかもしれない。(亡くなられてしまってるから無理だけど。)

どんな事柄でも、象徴的な主役が必要だ。

ナチスといえば、ヒトラー。

ユダヤ人迫害、強制収容所なら、アンネ・フランク・・・といったように、

誰もが知ってる有名人がいると、興味もちやすいし、感情移入しやすいものだ。

誰か、被爆していながら、当時を語れる有名人がいれば、聞きに来る人はきっと増えるはず。

いろいろ見て回らなければいけないときというのは、
ゆっくり話を聞くといった心理状態にはなりにくいものだから、
パンチ的要素がないとダメなのである。

数年前に、私の地元でひめゆり学徒隊の展示があり、(観覧客は高齢者ばかりだった)、
生き残りの方の戦争体験談のインタビュー映像が流れていたが、
誰一人、聞いてるものはいなかった。

私もそうだが、展示場の5分、いや3分でも長いと思ってしまうのだ。

聞きたくないわけではないのだけど、まどろこしく感じて、
パパパッと1分で話してほしいと感じてしまった。

これだけを聞きに来たのなら、一人5分の体験談は適度というか短いと思えるとは思うのだけど、
膨大な展示を見なければいけないから、先を考えると、ゆっくりできないのである。

(体験談作文も置かれてあったが、一つ10秒くらいで目を通せたので、これはよかった)

.

世界からすると、日本が、「被爆したかわいそうな国なんだよ」といって、
同情を欲しているように見えるらしい。

そのことが、海外からすれば「私たちが加害者だと責めてるの!?」と反感を買ってるのではないかと思う。

真実を知らないから、周りは大げさに言ってると受け取ってしまうのだ。

「アンネの日記」を世の中に出たときも、唯一生き残ったアンネの父・オットー・フランクは、
世間から、作り話だとバッシングを受けた。

なので、それが真実だと分からせるために、証拠集めに労力しなければならなかった。

ひとは、見たこともないことは信じない。

強制収容所やガス室などの話はデマだと決めつけ、映像を見るまで、世界は信じなかった。

1955年に公開された「夜と霧」という、
ユダヤ人への捕獲から虐殺を経ての解放までをドキュメンタリーの映像を見て人々は、
ようやく実際に起こっていたことだと理解したのだった。

たった、32分間の映像の中に、凝縮されて、悲劇の全体像が表現されている。

ひとは、苦痛に長い時間耐えられるものではないから、
30分という長さは、ちょうどよかったと思う。

日本もこれを参考にして、被爆の悲惨さを公表したらいいのだ。

原爆投下前から、被爆後の人や街並み、その後の生き方の苦悩などを、
押し付けがましくならないよう、ありのままの真実の映像を流す。

だいたいのあらすじを知ると、ひとは、未知への踏み入れの不安がなくなり、安心するもの。

そして、ここから「もっと詳しく知りたい」となってもらえれば成功だ。

まずは、とっかかりを作ってあげることが重要なのだ。

これは世界に原爆の悲惨さを教えるばかりでなく、日本人に対しても必要なことなのだ。

今の、ほとんどの若者たちは、日本がアメリカと戦争してたという事をしらないという。

原爆が落とされたということも、きっと、わかってないだろう。

.

どの実録映画などをみても、たいてい区切りのいい感動的なところで話が終わる。

ユダヤ人開放、救出で、ハッピーエンド。

フランス革命、王妃処刑で、革命終わり・・・な感じで。

だが、実際はその後も混乱や殺戮などの苦悩は続いていて、全然ハッピーエンドではない。

「日本に原爆を落として、世界平和になった」と世界の人々は思い込んでいるけど、
直後から始まった苦悩をだれも、想像しようとしない。

被爆によるケロイド、後遺症、がん、白血病などの病気やけがに苦しみ、
母胎被爆、現地に助けに入ったことによる入市被爆、
広島で被爆し長崎に帰ったところでさらに被爆にあう二重被爆。

放射能まみれの黒い雨、差別、などなど。

「原爆投下で戦争が早く終わった」、と、世界の人々は言う。

だが、被爆地にいたのは、ほとんどが非力なこどもである中学生で、
戦力とは無関係だったということを、知らない。

大人たちは戦地に駆り出されていておらず、小学生は疎開で、
残されていたのは、中学生や、赤子と母、老人たちだけしかいなかった。

原爆投下は、人体実験のためで、海外からの治療援助ももらえなかったとも聞く。

日本が過剰な被害者意識を持ってるのではなく、ほんとうにひどい目にあったということを、
簡潔に分かりやすく、伝える必要がある。

被爆者たちが、悲惨な経路をどうたどったかは、世界の人々も、
日本人でさえ、よく知らないのだから、生存者が生きているうちに、
まとめておくことが、日本の未来のためにもなると思うのだ。

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