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2016年5月15日 (日)

脱いだらすごいんです

2日前に通夜で、昨日が葬式だった。

ツレの両親の兄弟のつれあいが亡くなったのだ。

本来は私が出席する必要はないらしいけど、仲人をしてもらったのでツレ家族と一緒に行くことになった。

通夜の当日、その自宅には出棺を見守る親族たちが20人ほど集まっており、
8畳の部屋に15人以上が座って行事が行われるのを待っていた。

数回しか会ったこと無い人たちが、私の名前を憶えていてくださり、あいさつしてきたりした。

私のほうは、誰が誰やらわからないから、すっかりドギマギしまくり。

あたたかな日だったので、サッシが全開だったものの、部屋の中は少し暑く感じ、
私は喪服の上着を脱ぎ、半袖ワンピース姿になった。

通夜は、昔ながらの本格的なやり方で、線香をあげたり、逆さ水(?)で濡れタオルで顔をふいてあげたり、
いろいろ立ったり座ったりしながら、はじめて見る出棺作業に私は参加しながら見入っていた。

そして故人さまが葬儀場に移され、告別式をし、夕方、通夜ぶるまいの時間になった。

身近な親戚同士でテーブルがセッティングされており、
年賀状でよくみる名前の人たちが私たちのテーブルに一緒になった。

だが、かといって、親世代の人たちとは何の共通の話題もない。

私は無言でも構わないのだけど、相手のおじさんはおしゃべり好きのようで話しかけてきた。

「プロポーションいいんだね、そんなに大きいとは思わなかった」

という。

大きいとは・・・?

胸のことを差してるとは思ったが、まさか直接的に言ってくるとは思えなかったので、
身長のことと解釈して、

「大きくはないですよ」と私は答えた。

他にも質問してきたが、私の返しがイマイチだったのか、沈黙顔になるので、
心の中で「変な返ししてごめんなさい。話下手なんです」と私の心はシュンとなった。

つぎの日は葬式で朝から夜までかかった。

喪服は一着しかないので、前日と同じ服を着た。

見れば他の人も同様だった。

と、ここでも、一人の婦人からプロポーションをほめられたのだった。

市販のありがちな喪服を着てただけなんだけど、
上着を脱いでいたために、巨乳が露呈してしまったらしい。

自分ではそんなに大きいつもりはないのだが、姿勢がいいのと、胸骨もえぐれてもいないから、
さらにいっそう大きく見えてしまったのだと思う。

社会人になってから時々、私が上着を脱いだりすると、
女性たちが私の大きい胸に気づき、ハッとする顔をされたりしていたものだが、
中年になってからもそういう態度取られるとは意外だった。

20代の時よりボディラインはくずれてきているし、
第一、付けてるブラが上げたり寄せたりの代物ではない。

そもそも、周りの女性たちの喪服が体サイズに合っていないから、
私のスタイルが良く見えてしまっただけなのだと思う。

葬式というのはだいたい突然なので、
いざ喪服を着ようとした時には、サイズが合わなくなっていて着れなくなり、
知人から喪服を借りたりして、
とりあえずは、体が入れば、という場合が周囲でよく見られる。

自分のものではないから、サイズがぶかぶかなのだ。

私の場合は自分の喪服だし、体サイズがシンデレラなので、あつらえたように、服がピッタリなのだった。

シンデレラとは、その年齢の標準サイズのこと。

ある洋服を作る会社で使われてる単語で、
たとえば、23センチの靴の場合、
横幅、足の厚みが日本人の23センチの足によくある数値を持つスタッフの足を、
シンデレラと呼んでいた。 ←うまく説明できない・・・sweat02

23センチの靴の試着を、その23センチ標準の足のスタッフが、履き心地を確かめるのだ。

もちろん、そのサイズごとに、日本人平均の足の形のスタッフがいて確かめているという。

体サイズも、年代ごとに違っていて、私の年代の平均体型はは、158㎝の44キロだったろうか。

その番組を見たとき、なんだ自分のサイズはシンデレラサイズだったのかと思ったものだ。

記憶違いでなければ、そういうはなしだった。

だから、年相応の服をきていればピッタリだし、
下の年齢の服を着ようとしても、さらに長身の世代だから、私には着こなせない。

ただ、服の製造会社が、年齢にあった標準を調べて作ってない場合は、どれも着こなせないけれども・・・。

20年以上昔の女性のスーツは、どれも袖が長く、指先しか出ないものが多くて困ったものだったね。

とまぁ、久しぶりに私の巨乳(?)に驚かれたわけだけど、
何の得にもならないから、‘あぁ、そう・・・’って感じ。

何と言っても、世の中、大事なのは、顔と話術だからさ。

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