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2017年3月30日 (木)

水あめノスタルジー

年末年始は、私含め、ツレの両親ともども病気で出かけられなかったので、
もうすぐ4月という、3月30日に、ようやくお祓いを兼ねて初詣に出かけた。

むかったその寺は、十三参りで有名なところだから、
境内には、13歳と思われる子供たちとその親たちでごったがえしていた。

駐車場入り口付近には、少女数名を含めた総勢10人ぐらいの少年たちがたむろしていて、
よくみれば、それぞれ水あめのカップを持ち、カッ食らっている。

私の子供時代であれば、立ちながら食べるといったら、縦型のカップラーメン(当時はカップヌードル、カップスターだけしかない)、
しかも、先が3本の透明プラスチックでできたフォークを使ってのが醍醐味だったが、今は水あめ・・・?

少し前に、テレビで女子高生コメンテーターが、
「私、水あめ大好きheart01」と目をキラキラさせてたのが印象的で脳裏に残ってたので、
帰りに屋台に寄ってみることにした。

ツレは、「(水あめは)500円するんじゃないの」というが、
今どきの子供たちが金持ちだからと言ったって、駄菓子に500円は出さないだろうと私は思うので、
「300円くらいじゃん?」と言った。

実際は一カップ200円だった。

色は、青、緑、赤、黄色、透明があった。

味がついてるなら、緑はメロンだろう、と、ひとつためしに買ってみた。

自宅に帰って食べてみると、やはり、メロン味だった。

ということは、青はブルーハワイ、緑はメロン、赤はイチゴ、黄色はレモンということだろう。

にしても、水あめって、割りばしの先ですくったのち、練り上げてから食べるものだと思っていたが、
今どきは、そうしないの?

練ったところで、味は変わらないけど・・・。

.

思いかえせば、水あめは3回程度しか食べたことないかもしれない。

自宅近くのどの店にも置いてなかったし(料理用は抜きで)、そんなにおいしいとも思わなかったから。

屋台に置いてあったかは印象にない。

水あめは、私が小学生のころ、父が知人にそそのかされて始めた駄菓子屋に置いてあったくらいだった。

たしか大きな海苔瓶サイズの瓶に水あめが溜めてあり、30円払うと割り箸でひとすくいもらえたように記憶している。

いま思えば、父が駄菓子屋をやっていなければ、水あめを食べる機会はなかったかもしれない。

当時は、片手間なのか2畳ほどの店で駄菓子屋をしてる店がところどころにあったりして、
子ども同士の情報網で、探検というか、買いに行ったりしてたものだったが、
お店それぞれ売ってるものが違っていたのだった。

あるとき、父の駄菓子屋に一人の小学生男子がやってきて、置いてあったライフル銃のおもちゃに目をとめた。

たぶん、おもちゃのライフル銃は3000円以上したように思う。

当時の子どもの小遣いでは買えるような金額ではなかった。

今でいうと、6000円くらいの価値と同じかもしれない。

お金がなかった男の子は、「絶対買いに来るから、とっておいて!」と息せき切って帰って行った。

道の先に住宅はない。

どのくらい遠くから来たのか。

自転車で急ぎかえる後姿が忘れられない。

父の駄菓子屋は、1年程度で終わってしまったのだが、
あの男の子は買えたのだろうか、と、今でも気にかかっている。

.

ツレも水あめを「味見したい」というので「どうぞ」と私は言った。

水あめは、やっぱり子どものころに食べたどおりの水あめの味で、
大人ひとりで食べるにはきついものがある。

いつも思うが、子どもの頃の味覚は独特で、大人になってから食べ直した駄菓子の味は、あまりおいしく感じない。

ツレにも、水あめの思い出があって、懐かしそうに語り始めた。

「子どもの頃、紙芝居屋さんがやってきて、みんなに水あめをくれてね、
練って練って白くなったら、それに色つきシロップをかけてくれるんだよ・・・」

・・・え、紙芝居屋さん??昭和初期生まれだったっけ?
私、一度も生で、紙芝居屋さんを見たこと無いんだけど・・・。

生きてきた場所と時代の差を感じた。

ツレが生まれ育った都会の方が、田舎よりも‘古いもの’が長く生き続けていることが多い。

※「ノスタルジー」 昔あったことをなつかしく思い出すこと。

(おわり)

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