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2018年5月26日 (土)

追悼:アニメの巨匠・高畑勲さん

高畑勲さん(1935年10月29日~2018年4.月5日)

宮崎駿さんとともに、後世に残るアニメの名作をつくりあげました。
代表作は、「火垂るの墓」「平成狸合戦ぽんぽこ」。
「アルプスの少女ハイジ」や「母をたずねて三千里」「赤毛のアン」なども手掛け、
リアリティを追求した演出をする方でした。

くわしくは、他の方々が説明してるだろうから、
ここでは、我が家に残る付録でご紹介。

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◇ 「パンダコパンダ」 1972年 監督:高畑勲 脚本:宮崎駿 ◇

 「となりのトトロ」の原型ともいわれる作品。
 もとは、外国の童話「長靴下のピッピ」を作る予定だったのだが、 作家元から製作許可が下りず、
 当時人気だったパンダを使ったストーリーに変更になった。
 主役ミミちゃんのヘアスタイル(跳ね飛んだ三つ編みと赤毛)は、その名残り。

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よく、テレビで、パンダの映像の時に流れる「ぱんだ、ぱぱんだ、こぱんだ♪」の歌は、
この映画の主題歌。

Photo

【ストーリー】
ひとり暮らしの少女ミミちゃんのもとに、突然、パンダの父子が住みつき、
ほのぼのとした生活がはじまります。
パパができて、ミミちゃんは大喜び。
パパパンダは、ふつうのサラリーマンと同じように、自宅から電車に乗り、
動物園へ働きに行くのでした。

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◇ 「パンダコパンダ 雨降りサーカス」 1972年 ◇

見どころは、出だしのところの水中シーン。
「未来少年コナン」にもあるように、水の中の描写が、さわやかで楽しげ。
また、クライマックスでは、パパパンダが本領発揮して、トトロのように(?)、
ちょっとだけですが、空を飛びます。

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【ストーリー】
朝起きたら、大雨による洪水で、水は2階の高さまでありました。
そこへサーカスのトラちゃんからSOS。ベッドを船にして、助けに向かいます。
サーカスの動物たちをのせた汽車は、暴走し、水中に沈んだのち、壁に激突寸前。
パパパンダが窮地を全力をかけみんなを救いだすのでした。

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◇ 「じゃりン子チエ」 1981年 監督:高畑勲 ◇

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【特集記事:「じゃりン子チエ」の制作スタッフの話】

「じゃりン子チエ」の‘作画枚数は、4万7~8000枚、あの「カリオストロ」よりも多かったが、
その原因は、高畑勲監督の”日常”の動きの追及にあった。’

竹内孝次(製作)「まず歩く絵を描き、それをビデオで撮って、
           また、修正していくというラインテストをかなり繰り返しました。」

アニメージュ「お好み焼き屋の社長の声を芦屋雁之助さんの演技力を、
         高畑さんは、えらく気に入ってたようですね」
竹内「聞いたはなしだけど、雁乃助さんだけは、台本をしっかり読んで来たみたいです。
    雁之助さんはメガネをかけると近くの台本しか見えないらしくて、(省略)、
    セリフのときは肩を叩いてもらって、やってました。」
アニメ―ジュ「話によると、雁之助さんが‘ちょっと長すぎたやろか?’というと、
         高畑さんは、‘あとで絵を足しますから’と言ったらしいですね」
山本二三(美術)「ふえるはずだよ(笑)」
 
(省略)

田中敦子(原画)「高畑さんは、あと10秒くれれば、
          ‘エンディングがばっちり決まるんだけどなぁ、’と言ってました。
          そしたら東宝の人が、
          ‘その10秒を本編から削れないか?’と言ったそうなんです。
           高畑さんは‘本編はなおさらけずれない’って言ってましたね」

◆高畑勲さんらしさ◆

アニメージュ「高畑さんらしさというと、チエが髪形を変えるシーン。
        ヨシ江は、両手になべを持ってて、ふつうならなべを落すのを
        当然予想できる。けど、高畑さんは、そうしない」
田中「前につんのめるんだけど。なべはどこまでもこぼさない」
竹内「ドリフターズのようにギャグを連射砲的に発するのではなく、
    伏線をちりばめといて最後にストーンと落す。
    クレイジーキャッツ型ですね」

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アニメージュ「たとえば、高畑さんが‘宇宙戦艦ヤマト’を演出するとしたら?」         
田中「絶対つくらない」
友永和秀(原画)「絶対つくらないけど、機械にこだわってる人間は、
           どういう精神状況にいるのか、また、その精神のバランスが崩れ去るのは、
           何年何月何日何時ぐらいかといったことを、
           トコトン掘り下げてつきつめちゃうでしょうね。」
山本「あきらめるということを知らない人ですから。」

アニメージュ「(この映画で)、もったいないシーンが多いですね。
         記念写真を撮るところ。テツがシャッターが切れる寸前に後ろを向いてしまう。
         動きがすばやくて見逃してしまいそうになる。
         (ふつうなら)演出的に説明のアップを入れそうなものですが。」
竹内「わざとらしさを嫌がるんですよね、高畑さんは。」

◆ 宮崎駿さんと高畑勲さんのちがいは?◆

友永「宮さんは、主役になりきる人で、高畑さんは、主人公を客観的に見ている人」
山本「でも、ふたりは、基本的に(考え方は)近いよ」
友永「たとえば、タイミングのとり方が、宮さんは早くて、高畑さんは遅い。
   だけど、生活空間の出し方は同じものだと思う。

田中「(高畑さんの印象は)、よくわからないです。
    宮さんは向こうから話かけて来て仕事以外の話しもいろいろするんだけど、
    高畑さんとは、仕事のことしか話せなかった。
    仕事の話し以外、私の話せる話題がないんですよね。」
山本「でも、高畑さんは、仕事のことでスタッフに意見を聞くことは多い。
    ‘もっとなにかないか’とスタッフとトコトン話す。」
友永「いい意味で貪欲ですね。それで、スタッフの意見がおもしろいと判断したら、
    サッと採用する。」
田中「なんでも知ってるし、クラッシクは‘くろうとはだし’」
竹内「ピアノも弾くもんね」
山本「たて笛も吹くし、楽譜も読めるんです。」

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※多少、文章の語尾などをわかりやすく変えてあります。

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◇ 「セロ弾きのゴーッシュ」 1982年 監督・演出:高畑勲  作:宮沢賢治 ◇

【ストーリー】
町の活動写真館の金星交響楽団のゴーシュは、セロ弾きが下手だった。
自宅で練習中、ねこやカッコウ、タヌキ、野ねずみが現れ、
10日間の間に、いつの間にか上達してたのだった。

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背景の絵は、「母をたずねて三千里」や「銀河鉄道999」などを手掛けた、
椋尾(むくお)篁(たかむら)さん。

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【製作秘話:高畑勲さんの話】(※雑誌に載ってた文章と斜め文字が高畑さんの発言)

◆ BGM音楽について ◆

‘原作には「第6交響曲」と書かれているが、読むひとだれもが、それをベートーベンの、
「田園」だと、想像する。
この映画では、「田園」が、全編をおおうように流れているのが特徴だ。’

「原作の中で、楽長が”トォテテ テテティ”と指示するリズムや、
トランペットの活躍が書かれていますが、『田園』にはこういうところは出てきません。
にもかかわらず、『ゴーシュ』の音楽は、これしかないと私たちは思いました。
それは『ゴーシュ』の世界を『田園』の持ってる世界と重なり合うようのうなものにしたいと、
思ったからです。恣意(しい=自分勝手な考え)的にそう考えたのではなく、
この音楽を全編に使うことで、ピッタリいくと確信したからです。
『ゴーシュ』を書いていた宮沢賢治の頭の中にも『田園』が鳴り響いていたに違いありません。」

◆ 作品の舞台がなぜ日本になったのか? ◆

原作のどこをさがしても、この物語の舞台がいったいどこの国の話しなのか、
いっさい書かれていない。
しかし、この映画では、はっきり‘日本‘として描かれている。

「賢治の作品の半分くらいが、童話だということもあって、‘外国めかして’書かれています。
しかし、彼は決して外国のことを書こうと思ったんじゃない。
それは、作品の中に貫かれている人間の物の感じ方だとか、
人々の行動を追っていくと、たいへん‘日本的‘だからです。
『ゴーシュ』で具体的に例をあげるなら、ゴーシュと動物の交流ですね。
ああいう仏教的な形は、外国ではありえないのです。
つまり、作品全体が日本人としての心情を描いているのだから、
日本の風景にせざるを得なかったということです。」

◆ スタッフへの感謝の言葉 ◆

「 『ゴーシュ』での才田俊次さんと椋尾篁さんの仕事の中には、
作品の要求する『描写』とか『効果』を超えて、それ自体が『ゴーシュ』という作品世界の
精神性の表現として結晶している部分があります。
ぼくは演出としての立場を離れて、その事実に感動を覚えずにはいられません。
たとえば、星明りを浴びて銀色の微光に浮かび上がる自然のなかの調和の世界。
うちに光をたたえて命を与えられたゴーシュの部屋。
たとえば、ゴーシュと話しながらネズミの母親が子に示すこまやかな愛情と、
礼節のしぐさ。仔ダヌキのおじぎ。
これらは私たち日本人の中に脈々と受け継がれてきた自然観・動物観を、
賢治に導かれつつ、もっとも美しい形で表現しえてるのではないでしょうか?
ふたりは他の仕事の合間をぬいながら、ワンショットワンショットを、
長い間かかって描きためていきました。
そのときふたりを支えたのは、
スタッフのかかわりあいから生まれる熱っぽいエネルギーではなく、
常に自己に向きあう孤独のみがもたらし得る、澄み切った集中力だったにちがいありません。
それがこの素晴らしい『汗ばむことのない暖かさ』を作品に与えてくれたのだと思います。

◆ 映画が出来るまで (完成までの6年の歳月) ◆

プロデュサーの村田耕一氏が、これまでの仕事にあきたらなくなり、
自主制作を企画したのは1975年、アニメブームがはじまる以前のことだった。

1年目、企画が決定し、演出・高畑勲氏をくどき、参加の了承を得る。
この年に、絵コンテと才田俊次氏によるキャラ設定が完了した。

2年目に、音楽が完成。間宮芳生氏の作曲と録音が終わった。
挿入曲の「インドの虎狩り」「ゆかいな馬車屋」は氏の作曲。
この年、高畑・才田氏は「母をたずねて三千里」に没頭。

3年目に美術の椋尾篁氏の参加が決定。
日本画調でいくという方向づけがあり、原・動画が進められ、

4年目で美術ができあがった。

ところが、5年目で、当初の45分の予定が60分へと延長されることになった。
これは原作にないみんなの仲間入りしたゴーシュを描くという高畑氏の意志による。

そして、6年目の1980年にフィルム完成。

翌81年に親子映画の手で公開が決まった。

1981年10月21日の試写会場でのあいさつで高畑氏は、

「星空の下で、風にスクリーンがまくれ上がるようなところで見てもらいたいと思って作りました」

と語った。

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◇ 「太陽の王子 ホルスの大冒険」  1968年 ‘初’監督・演出 高畑勲 ◇

アイヌの地を舞台とした物語。 作:深沢一夫   キャラ設定:大塚康生、宮崎駿

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【ストーリー】

悪魔に悩まされる村人たち。

ある日、少年ホルスは、ヒルダという美しい少女に出会う。

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しかし、少女の正体は「悪魔の妹」。

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あるとき、ヒルダは、悪魔の手先の銀色オオカミに襲われ倒れている村人の子供と犬を見つける。

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人間のやさしさを取り戻したヒルダは、
「命の珠」のネックレスを自分の首からはずすと、
‘こども’を背負った犬の首にかけ、
子供と犬を宙に浮かせ、村へと返しました。

子供と犬を救ったヒルダは、その直後、
悪魔の手下の銀色オオカミの集中攻撃を受け、ひとり雪原に倒れるのだった。

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その後、村人たちは、悪魔をやっつけ、ついに平和を取り戻したのだった。

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「ホルスの大冒険」は、当時にありがちなストーリーではありますが、
「特異な地域」「悪役の少女が心を入れ替えやさしい性格になる」「少女の立場が特別」などが、
「もののけ姫」に似てる気がします。

これが原型というよりも、「赤胴鈴之助(アニメは1972年、チーフ代理:高畑勲)」が、
「ラピュタ」と似てる場面があるというように、
‘好きな演出は、再度使いたい’といったところでしょうか。(宮崎駿さんが特に)

ともかく、過去の多くの名作には、高畑勲さんが関わっていたのです。

(おわり)

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