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2019年1月 9日 (水)

子宮筋腫手術日記(9)退院

◆ 2016年12月26日 (月) ◆

夜中の11時に、夫から緊急メールが届いた。
「中学生からの友人の父親が亡くなった」という。
「葬儀の日が、退院日の28日とかさなるから、退院時間を早められないか」と夫はいい、
葬儀開始時間が11時なので、9時には病院を出たい」というのだった。
前年の入院の記録からすると、退院時間は朝の10時ごろ。
とりあえず私は、「看護婦に相談してみる」と、メールを返信した。
バタバタしそうな予感。

◆ 12月27日 (火) 

・あさ6時10分 検温などの検査に看護婦来ず。

・あさ8時 朝食時間

1



配膳の音が聞こえたので、あわてて食前の薬をのんだ。
あの、せっかち看護婦さんが担当だったら、大変。
案の定、彼女が配膳を持って現れ、すぐに「薬は飲みましたか?」というので、
私は、即座に、空になった薬の袋を見せた。
はぁ、ギリギリセ~フ・・・。

あさ9時半 内診検査

執刀した女医から説明を受ける。
「手術で取り出した筋腫はまだ検査中」とのこと。
退院後の来院の予約をいれる。

・朝10時半

ナースステーションで、
「明日の退院は、葬儀のため、8時半に(病院を)出たい」と告げたら、
「仮の会計を今日出すことが出来る」と看護婦はいう。
「もし不足分が出た場合は、後日支払いで。」ということだった。

・ひる12時半 ランチ

3

ゆうがた4時半 「仮の会計」が届けられる

看護婦がやって来て、「仮の会計」用紙と共に、
大量の下剤も置いて行った。
退院後に飲む下剤30日分ということだが、
なぜか手つかずの「残ってた入院中に飲むべき大量の下剤」は没収となった。
この下剤は「私には効きすぎるので飲んでない」と前に看護婦に告げたんだけど、
こんなにたくさん、飲まないのに、困るなぁ。
(下剤は、
 酸化マグネシウム:おなかが冷えて傷んだり、張るなどを改善。
 ツムラ大建中湯エキス顆粒:胃酸を中和して便をやわらかくする)


看護婦と入れ違いに夫が現れ、
夫は、今届けられた「仮の会計」用紙を持って、すぐに支払いに向かった。

入院費は、9万5713円。

・よる6時 夕食

4

・よる6時10分

 婦長らしき人がやってきて、「退院おめでとうございます」と言う。
他の方たちは、手術中なので来れなかったとのことだが、
手術し、退院間近になると、あいさつにくる仕組み?

・よる7時

通路を歩いていると、
バタバタと、手術を終えたばかりの患者を乗せたストレッチャーが、
目の前を通り過ぎた。
患者は老女で、苦しそうに目を閉じ、酸素マスクを口にはめ、あお向けに横たわっていた。
ストレッチャーの足元部分には、酸素ボンベと尿袋が付けてあった。

Img0012
その患者は、自分のベッドに到着すると、
「ストレッチャーのマットレス」ごとベッドの上に乗せられ、
そしてマットレスを引き抜かれて、自分のベッドにおさまった。

手術直後の私もあんな感じだったのだろうか、と思いながら見入った。
あとで、夫に、このことを話したら、
「君は、手術室から出てきたときには、すでにベッドに寝かされてて、
そのまま病室に置かれたんだよ」というのだった。
そう、今寝てるベッドは、手術室から出てきたものだったのだ。

◆ 12月28日 (水) ◆ 「退院の日」

『夢』
飼い猫のアリスが寝そべって嬉しそうに私を見てる夢を見た。
私の手術を、あの世から心配していたんだね。
2年ほど前に亡くなった飼い猫のアリスは、いまも私の守護神だ。

・あさ8時 朝食

Photo

8時半に出る予定だが、15分でしたく終わるだろうと、
のんびりかまえて、朝ドラのべっぴんさん(8時~8時15分)を見ながら食事をした。

8あさ時半 退院予定時間

予定してた時間が来たものの、
たいした荷物や着替えがるわけでもないのに、支度が間に合わず、
夫にイライラとにらまれて、あわてふためく。
念の為、忘れものがないか、たんすの扉を全部開けて、
夫にも確認してもらおうと、声をかけたが、
夫は、一歩も動かず、遠目から見ただけで、「ないない」と適当に返事をした。
夫の頭は、これからいく葬儀のことでいっぱいのようで、
「駐車券はどこ?」と、何度もそのことばかり、聞くのだった。

2 駐車券

8時40分 ナースステーションで腕のバーコードを切ってもらって、病室関係は終了。
支払いは、前日に終了してあるので、車へと直行し、急ぎ帰った。

あさ10時半 病室にわすれもの

夫は葬儀に出かけ、私はひとり自宅に残り、
入院で使用した荷物を洗濯かごに入れるなどしていた。
すると、何度か、知らない番号から自宅の固定電話に電話がかかってきた。
一回目は無視したが、必死感を感じて、ためしにとってみれば、
さっきまで入院してた日赤病院からだった。
なんと、「デジカメのわすれものがある」という。
病室のタンスには、小さな引き出しがあり、
そこを、うっかり確認し忘れてしまったらしい。

Cimg1401 病院のタンスの小さな引き出し

急ぎ病院に戻り、ナースステーションに尋ねると、
ビニール袋に入れられたデジカメを手渡された。
おなじ引出しに入っていた調味料がないので、
「いっしょに、配膳に出されてた調味料もあったはずですが?」ときくと、
看護婦は、「いえ、これだけです」という。
引出しには、デジカメと調味料しか入ってなかったのだけど、
調味料だけゴミだと思われて捨てられちゃったわけ?
ショック。
たとえくしゃくしゃのティシュがあったとしても、捨てちゃダメだと思う。
中に、指輪、コンタクトレンズなど、
大事なものがしまってある場合があるんだから。
ゴミらしい、まぎらわしいものは入ってなかったのに。調味料捨てられちゃったかぁ。
退院後に味わおうと楽しみにしてたのに。
入院費には、この代金だって含まれてるわけだしね。
前日のうちに、しまっておけばよかった。
写真は撮ってたのだから・・・

Cimg1426 忘れたがために捨てられた調味料

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◆ 12月29日 退院の次の日 

自宅に戻れた安心からか、9時間も、こんこんと眠ってしまった。
入院中は元気に思えたが、まだ、病人だったようで、
趣味のパソコンに向かおうとしても、
1時間もすわってるのが限界で、すぐにぐったり疲れてしまうのだった。

◆ 1月3日 ~ 1月8日 
38度5分の熱が出て寝込む。
こんな時期に病院へ行くと、かえって病気をもらってくる可能性があるので、
自力で治す。
食欲がない私のために、夫はあれこれと、ヴィダインゼリーなどを買ってきてくれた。
このころ、姑も(脊髄骨折で入院)退院直後で、自宅で寝込んでいたので、
夫は、そちらも面倒みていた。
夫は寝込むほどの病気をしないほど、タフなので、
そんな大変な作業も、苦と思わず、やりきった。

<酸素マスクのトラウマ>

退院後、ふと何度か、息苦しい酸欠のような感覚に襲われた。
酸素マスクの閉塞感や不安感が、脳裏に残ってしまったらしい。

忘れていたが、注射の副作用のホットフラッシュがいつの間にか起こらなくなっていた。

◆ 1月23日 退院後 一回目の再診 ◆

問診、内診(触診、エコー)

診察は、私の手術を執刀した美女医師コヤノ先生だった。

切り取った筋腫を写真で見せてもらった。
横幅15㎝、重さ730g。
肌色がかったうすいピンクオレンジ色で、第一次発酵させたパン生地のようだ。

Img0018

いろいろ気になったことを質問してみた。

Q 風呂に浸かれない理由は?

A 傷口から水が浸入するというわけでなく、
 血行が良くなりすぎて、出血しないため、とのこと

Q 大きなものを取ったのにおなかがへこまないのは?

A 上にあがってた内臓が下りてくるため、とのこと。

検査で異常がなかったので、次回は2ヶ月後ということになった。

治療費・1810円
.

<気づかず太る>

「おなかがへこまないのは?」と私が質問した時に、
「あなたのおなかが、もともと出てるからでは?」と女医から遠慮がちに言われてしまった。
ショック・・・。
数年前まで、あお向けになると、おなかがへこんでいたのに、なぜ!?
1年前の子宮壊死しかけで入院ししたときは、いつもの47kgだったのだが、
たしか、今回の入院の時は、53㎏だった・・・。
筋腫の重さで体重が増えたと思っていたが、
手術前の生理を止める注射リュープロレリンで、
半年のうちに、一気に5kgも太ってしまったらしい。
副作用の更年期のひとつなのか、
多量出血しなくなったから栄養が逃げなくなったからなのかはわからない。
これ以降も怠惰な生活をしてるが、体重が増えてないところを見ると、
やっぱり、注射が原因に思える。

◆ 医療費控除 ◆ 3月9日に手続き

昨年、一年間に10万円以上、医療費がかかったので、
夫が税務署で、昨年かかった医療費のレシートをかき集め、申告してきた。
戻ってきた金額は2735円。
「苦労の割に少ない」と夫がぼやき、「次からはやらない!」と言っていた。

◆ 3月13日 (月) 再診2回目 

問診、内診(触診、エコー)

問題なかったので、子宮筋腫の診察、治療は、これで終了。

医療費:1810円

性交できるか、確認しないでしまったなぁ。この先することもないとおもうが・・・。

<筋腫をとっても、不調は残る>

寝起きの腰痛は、あいかわらず毎日ある。
寝返りをあまりしないので、6時間以上眠ってると、腰がいたくなる。
立ちくらみも時々ある。
生理が始まる前の幼少期から、貧血なので、
まぁ、しかたないところだろう。

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◆ 「80代の伯母が‘乳がん’手術で入院」 ◆ 2017年5月

夫方の伯母が乳がんになり、手術するため、
私が入院してた日赤病院に入院することになった。
伯母には、子どもがいないので、甥っ子の夫(と私)が付き添うことになった。

入院前日、伯母は、‘直前まで市販の風邪薬を一週間飲み続けていた’ということを、
病院側に告げたら、「手術は延期です」と折り返し連絡が来てしまった。
伯母は、‘手術前に他の薬を飲んではいけない’ことを知らなかったのだ(私もだけど)。
準備してたのに、がっかり。
ところが、当日になって、「とりあえず来てください」と病院から連絡が来て、
予定通り、入院することになったのだった。

だが、風邪薬を飲んだことは大問題で、
病院のベッドに執刀医、担当医師など3人の医師に囲まれ、
「薬の影響で危険も考えられます。どうしますか?」と
伯母は決断を迫られることに。
伯母は、「(要介護5の)夫を残して、肺炎で死ぬわけにはいかない」とつぶやき、
10分考えたのち、「手術します」と言ったのだった。

医師立ちが退去し、私と二人きりになると、
伯母は、持ってきた入院支度を棚に納め、
にこやかにパジャマのズボンを少し上げて、私に履いているオムツをチラリと見せた。
「オムツ、はいていてきちゃった♡洗濯しないで捨てられるでしょう?」と伯母は言う。
私には、屈辱的に思えたオムツを、彼女は平然と利用していたのだった。
年寄りは、オムツに抵抗がないというが、本当だった。

次の日、伯母の手術は、あさ10時にはじまり、1時間半後の、11時半に終了した。
手術室から出てきた伯母は、苦しそうでもなく、酸素マスクも嫌がってる素振りも見られず、
おとなしく、ベッドに横たわっていた。
しゃべる元気もあって、多少、、麻酔でうつらうつらしているものの、
ひとことふたこと夫である伯父と会話出来た。
私と違って、術後はなんの問題もなかった。

伯母は、「この年まで病気知らずだったから」と、乳がん発覚にショックを見せてたが、
幼少から病気がちの私からみればうらやましい話だ。
そばにいた伯父が、私に「若いから元気でいいね」と言う。
私が、前年に子宮筋腫手術したばかりなのを伯父夫婦は知らないから、
私は、話をあわせるように「そうですね」と答えた。

80代でも、乳がんの心配があるのかぁ。

◆ 「75歳の叔母の子宮脱」 ◆ 2018年10月

母方の叔母から、
‘子宮脱(しきゅうだつ)になってしまい、病院へ行きたいけど、
不安だから、母(叔母の姉のこと)に付き添って欲しい’と連絡が来た。

そうして、伯母と母を車に乗せて、遠くの産婦人科まで、
何度か送迎することになった。

「子宮脱」、私は、そんな病気があることを今まで知らなかったが、
‘膣から子宮が出てきてしまう病気’があるらしい。

叔母は、子宮の中に入れる輪っかをやるかどうか、数か月悩んでいた。
今の状態では、おまたに卵をはさんでるような不快さで、
すれて出血してしまうそうだ。

私が、手術で筋腫ごと子宮をとってしまったことを、夫以外知らないが、
叔母は、‘子宮がないからこれにならないくていいね’と言わんばかりに、
「手術して、どう?楽になったでしょう?」と言った。
私は「えぇ、まぁ」と返事をし、
母は、「取った筋腫みた?ハムみたいだったでしょ?」とケタケタ笑った。
母は、若いころ産婦人科で働いていたが、やっぱり母はゲス発言ばかりだ。

後日、叔母は、輪っかを入れる方法をとり、「やってよかった」と言った。
叔母の通ってた病院では、輪っかは、一ヶ月に一度、診察が必要で、
医師に入れ替えてもらってるようだ。

<骨盤臓器脱>

2018年11月にNHKの「チョイス」で放送された内容によれば、
そういう病気を、「骨盤臓器脱(こつばんぞうきだつ)」というそうだ。

出産経験者に多く、
膣から、「子宮」や「直腸」「ぼうこう」が飛び出てしまう症状。
子宮を取った人は、「小腸」が飛び出やすいということだ。

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原因は、股を覆っている「骨盤底筋」という筋膜が、ゆるんでしまうことで、
内臓が落ち、膣から出てしまう。

症状が軽ければ、「骨盤底筋体操」で防げるが、
中症状だと、ペッサリーという機具を膣の中に入れる方法になる。

Img_1841


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重症だと、手術で、膣を閉じたり、内臓の固定をしなければいけないということだ。
.

叔母が、子宮脱のせいで、行動に制限が出来、落ち込んでいた。
私が「その歳(76歳)まで、元気だったんだからいいじゃないですか」というと、
「100歳まで元気な人はいるんだよっ!!」と言われてしまった。
私、幼少から病気に悩・・・(以下省略)。

長生きって大変だなぁ・・・。

<骨盤底筋体操>

骨盤底筋体操は、膣を、しめたり、ゆるめたりする運動。
私は、マンガで、「技」として知ってたけど、
ふつうの女性は、そういう動作は、知らないと思う。

下は、エッチなマンガ、岩谷テンホーの「かずのこ伝書」(1990年出版)にある、
「8の字筋体操」=「骨盤底筋体操」の場面。

Photo
世の中の仕組みも、
性のことも、日本では、「友だちから学べ」が主流で、困るよ。

(おわり) 子宮筋腫手術日記、完。

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