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カテゴリー「つぶやき」の75件の記事

2017年2月21日 (火)

これは店の策略?

最近、S店に行くと、レジに来た時に「あれ?私が見たポップと金額が違う!!」ということがよくある。

「ごめんなさ~い。いらないので返品してもらってもいいですか?」と、買い物をキャンセルするのだけど、
レジの人には「めんどくさいお客だなと思われてるに違いない。

なんでこんなことになるのだろう?

注意散漫なのか、おっちょこちょいなのか、自己嫌悪で落ち込む。

他の店ではそんなことないのに、S店では、去年だけでも6回くらい失敗している。

私とは相性が悪いのかも。

とはいえ、家から近い店だから、チラシに安い商品があれば、やっぱり買に行ってしまうのだ。

数日前のこと、またしても、レジに来た時に目の前の電子パネルに表示された商品の値段が違った。

手すきのレジの人が代わりに値段を確認しに売り場まで見に行ってくれたのだけど、
ポップはレジの機械に表示されたとおりだという。

「ごめんなさい。その金額ならいらないわ」とキャンセルしたが、
ポップを二度見して選んだのに、どういうことだろう?

私の記憶では、たしかに、透明板で仕切られたレーンの奥中央に、他のポップと離されて、
しっかりと半額の「158円」とあったのだ。

自分の落ち度に、てんぱって、レシートをよく確認せずにそそくさと帰ったが、
気持ちが落ち着いたころに、再びそのレシートを確認したら、
驚いたことに、ほかの2つの商品も金額が違っていたのだった。

うわっ、ショック!!

いったいどういうことかと、よくよくチラシと見比べれば、
なんとメーカーの名前が違っていた。

つまり別商品だったのだ。

日替わり商品の平台から持ってきたのだが、定価のものも置かれてあったらしい。

してやられたってかんじ。

わざと間違えるように紛れ込ませたみたいに思えた。

そういえば途中、買い物を選んでるさなか、ポップが間違ってるのがあったので、
私は直していた。

区分けしたタラココーナーの手前中央に隣のレーンの「鮭 198円」のポップが
さも、タラコが198円かのようにあったので、置きなおしたのだ。

タラコが198円なら安いと思って一瞬手を伸ばしかけて、違うことに気が付いてやめられたのだけど、
本来の場所から45センチもずれるなんてあり得る?

カートなどで触って移動したのかな?

あんまりこの店で金額が違うことが多いから、
‘もしかすると、これらは、錯覚を利用した買い物罠?’
という思いが頭をよぎってしまった。

レジの時に表示されてる金額をしっかり確認してる人は少ないし、
老人はレシートの数字が見えないから気づかない。

家に持ち帰ったものを「金額違いました」って、返品にわざわざ再来店する人もあまりいないだろうし、
ひとつひとつの金額を覚えてる人も少ないから、
結局泣き寝入りになる?

10年ほど前のホームセンターでの話だが、‘品物すり替えじゃないの?’という経験がある。

私たちが材木を10本ほど買い、
「午後、取りに来ます」と店で保管をお願いして、午後に取りに行くと、
材木の雰囲気が変わっていたのだった。

ふしが混ざっていたり、ところ欠けていたり、一本一本がそれぞれ微妙に曲がっていたのだ。

あんなに吟味したのに、こんな形のわけがない!
というわけで、形がいいものと交換して持って帰ったのだけど、
そのときの店長のにがい表情が忘れられない。

経営が怪しくなると、ずるがしこいことをして、なんとかしようとする気持ちはわからないでもない。

でもね、そのホームセンター、きっと他の客にも同じようなことして信用をなくしたのか、
すぐにつぶれてしまった。

信用って大事だと思う。

とはいえ、ただたんに、S店のポップ担当が、やり方がだらしない、だけかもしれないから強くは批判できないけども。

今度からは、「お買い得☆」と思うものには、3度見くらいして注意しようと思う。

2017年2月 4日 (土)

お前、このところ変だよ

ツレのよさは、「記憶力」と「博識」だが、最近、その性能があやしい。

私はふだんから物事の名前を適当にしか覚えないので、
ここぞという時に名称などがでてこないのだが、
こういうとき、いつもツレが頼りになってた。

ヒントとして、私がサイコメトラーのように頭に浮かんだ断片的なものを言えば、
ツレはそれを頭の中でパズルのように組み合わせて、答えに導くことが出来たのだ。

それが、去年あたりから特に、ツレは、いくらヒントを出しても答えにたどり着けず、
しかも、ほとんど正解に近いというものであっても、ツレはわからない。

仕事が今忙しいときだから、脳が立て込んでいるのかな?

まさか、若年◯痴ほう症のはじまりじゃないよね?

先週、ツレがズボンを買いたいと言ってきた。

数日後、再びツレがズボンを買いたいというので、
「あぁ、白いスラックス買いたいって言ってたっけね。‘白って・・・(笑)’って思ったけど」
と答えたら、

「白?俺、そんなの言ってないよ」

「あら、そうだった?、ま、茶系のやつを買うつもりなんでしょ?」
と家にあるスラックスは茶色ばかりだったなぁと思いかえしつつ答えたのだが、

「茶色????」とすごい疑問顔。

私はあわてて「(ズボンって)スラックスのことだよね?」と言い直したが、

「スラックス?茶色?」

「茶色はもういいから、スラックスを買いに行きたいんでしょ?」

「スラックス?」

「いやいやいや・・・もうそうれはいいから、ジーンズじゃないのを買うんでしょ?」

と言い換えたらようやく、

「そうだよ」という返事がきたのだった。

あ~~、どうでもいい話にすごい時間と労力を使った・・・。

気持がもやもやしたので、後になってツレのタンスを確認したら、
なんと、茶色のスラックスひとつもなかった。

グレーとベージュ・・・。

ベージュが茶色の記憶に代わっちゃったのかな?

そもそも、1年に一度履くかどうかのスラックスの色なんか覚えてないよ。自分のじゃないし。

それにしても、「スラックス」で、わかってもらえないもの?

別の日に、「ひらき・・・あいり、みたいな名前」のヒントで分からず、
「カンナ役の」で、ようやくツレは答えにたどり着いた。

「平 愛梨 (たいら あいり)」・・・「平木 愛梨」。 

ヒントはほぼ答えだった思うんだけど、
ツレのヒントのストライクゾーンが狭まったなぁって思う。

去年までの3年間愛用してた冬のコートの存在もすっかり忘れてしまってたし、
外出時にだらしないファッションしたり、ツレの脳がやばいかんじ。

お出かけの時の準備は女性である私の方がいろいろ忙しいのだけど、
これからはツレの身だしなみにも目を配らないといけないのかなぁ、って気が重い。

.

このところのツレの頭の中は、仕事と趣味の「艦これ」ゲームでいっぱいで、
余裕がないからなのか、私が雑談でも話しかけようものなら、口げんかになる。

イライラしながら、私の話す内容や話し方にいちゃもんをつけてくるのだ。

男性能、女性能の違いからか、意見はいつも平行線になってわかりあうことはほとんどない。

先日見たテレビの「海苔好きなイギリス在住のイギリス男性」の話をしたところ、
「なぜ、日本のテレビでとりあげられることになったのか?」ばかりをこだわって知りたがり、

「最初の5分は見逃したからわからない。SNSじゃない?
ギネスもSNSから挑戦者を探すそうだから」と私が答えれば、

「ギネスは、登録料とれるからな。必死になるよ」とひねくれた意見をいう。

なんだかんだで、口げんかに発展して、過去のことまで掘り返してさらにケンカは悪化。

記憶力がいいツレは、「先週のことだって、お前は覚えてないじゃないか!」と怒鳴りはじめる。

「必要だと思うものは人それぞれだから、あなたが大事だと思っておぼえてることが、
私には大事じゃなくて覚えてないだけなことを、『忘れてる』ってあなたは思ってるだけなのよ。
私が覚えてて、あなたが覚えてないことって、たまにあるじゃない。
忘れてるんじゃない。記憶にとどめるところがちがうだけ。」

と私は持論をかえしたりした。

30分の口ケンカのあげく、締めくくりにツレはこんな言葉を言った。

「お前、このところ変だぞ。言わなかったけど」

‘えぇ!?変なのは、私のほう???’

自分が変わり者なのは自覚しているが、気が変なわけじゃない。

だけど、時々ツレは、「大丈夫か?お前」みたいな、さぐりを入れた顔をするときがある。

自分の異常は、きっと、自分では気が付かないものかもしれない。

じつは、「このごろ変」なのは、ツレのほうではなく、私のほうだった・・・!? まさか・・・。

ふと、「世にも奇妙な物語」のタイトルが脳裏に浮かんで見えた。

.

2017年1月16日 (月)

言葉として表す大事さ

去年の11月のこと、姑が転んで脊髄骨折で入院したが、
見舞いや介助はしなくていいと、その息子であるツレから言われたので、行けずにいた。

過去の入院で、姑は、他人である私に変なところは見せまいと、無理をしてたことがあるので、
行かないほうがいいのかもしれない。

1ヶ月経った頃、舅が疲労で倒れたので、急きょ代わりに、私が姑の入院セットを届けることになった。

病室に行くと、姑がベッドに横になっていて、柵に手をかければ起き上がれるようになったと姑はやってみせた。

ベッドのわきには大人用おむつが100回分ほど積まれてあった。

激痛と共に、骨が固まるまでは横になったまま向きも変えられなかったと、ツレから聞かされていたから、
想像しただけでも、私までも辛く感じる。

何を話したらいいか分からないので、「寝たきりから身を起こしたときは、めまいがしませんでしたか?」
と気遣いの言葉をなげてみた。

私もめまいの持病があるし、姑も突発性めまいで入院したことがあるので、無難な会話だ。

姑は、ニコニコと、看護婦から聞かされたという『めまいの対処法』を私に話した。

内容は、‘ま、誰しもめまいが起ればそうするだろうなぁ’といったたいしたものでなかったが、
ふだん、漠然とやってたことを言葉にすると、そういう表現になるのかと、
‘さすが看護婦だなぁ’、という感想を持った。

1週間ほどたって、ツレから、姑が私に『めまいの対処法』を教えたことをうれしそうに語っていたと聞かされ、驚いた。

・・・なんか、しらず姑から教育を受けたり、恩を受けたりしたことになっていたのか・・・。

ただの世間話のつもりだったが、感じ方は人それぞれだ。

‘看護婦から聞いためまいの対処法:
目は閉じず、目を開けて、遠くに視線をおとす’

めまいが起きたときにはみんなもやってることじゃなかろうか。

私は小学生のころからめまいが持病だけど、ずっとほんとに漠然と行動に移していただけなので、
たしかに、そうやって、明白な言葉で表されると、‘なるほど発見!’という感覚はなくもない。

スーパープレゼンテーションで紹介されたTEDの「心の傷をいやす方法」も、
内容は、驚くほど‘ごくあたりまえのこと’ばかりだった。

それでも、絶賛されるのは、やはり、漠然と受け流してきた感情が、
言葉にして表現したことで、形になって再認識しやすかったからだろう。

要約:
.

・なぜ、人は、心より体を大事にする?
 心が傷つくと「うつ病」などの悪影響になるのに、
 心のケガに対して「考えすぎだよ」と、なぜ気をそらそうとする?
 

・「孤立」は、脳を混乱させる。
 孤立→ないがしろにされてると被害妄想→消極的になる→拒絶されるのが怖い→ひきこもる→病気になる
 

・「失敗」も脳を混乱させる。
 他人の失敗を見て「自分も出来ない」と思いこみ、心が後ろ向き、怖がり、自信をなくす。
 たった一回の失敗で、「自分を責める」→「自分の欠点を次々に上げ、ダメ出し、自分を追い詰める」
 唯一の味方である自分が、自分に対して悪口・・・??。
 

・ネガティブな思考の繰り返しは、数週間、それ以上にもおよぶこともあり、
 アルコール依存症や摂食障害をひきおこすことも。
.

 

対処法: 

・「孤独」と思ったら、自分から誰かに会いに行くこと!まず、行動! 

・「失敗」を見た時に、「自分には無理だ」と決めつけない。 

・自分の味方は自分。自分にやさしく、自分をなぐさめること。 

・マイナス思考を繰り返し再生しだしたら、スポーツや読書、映画など集中できるもので気をそらせる!

.

「TED」は、そういった、誰もが、気にしつつも、
もやっとしたままにしたものを、言葉にして表現するつわものばかり。凄いよね。

http://digitalcast.jp/ted/ (TED 日本語と英語の文面 )

http://www.ted.com/talks?language=ja&page=2 (TED 日本語字幕)

2017年1月 8日 (日)

今年も元旦、駅ビルで福袋

数年前までは、元旦と言えば、
私から見れば姪っ子となる、親族唯一のというべきか、
たった一人の貴重な‘孫’がいたので、親戚揃って正月らしく集ったものだった。

でも、義弟の離婚後、孫はお嫁さんと去ってしまったので、
元旦は、それぞれ好き好きに行動することになってしまい、
正月らしさは、どこへやら、ということに。

自由時間ができたことで、ここ数年は元日は、福袋を買うことにはまるようになった。

20代であれば、洋服などに手を出すのだけど、
二人暮らしだし。ちょっとした、おやつ程度を狙う。

1年ぶりに駅ビルに行ってみると、
干しイモ屋さんが入っていて、2500円の福袋を出していた。

1000円くらいのしか買うつもりはなかったのだけど、
4500円相当が、2500円となれば迷わず「買い」だ。

買わない人にはわからないだろうけど、
干しイモは、けっこう高い。

小袋で500円以上はするので、それが半値で買えるのは、かなりお得なのである。

▼ 幸田商店 干しイモ 福袋 2500円 ▼

Cimg1506

こんなにたくさん入ってて、ネーミングも、
「シルクスイート」「ほしキラリ」「ぎらばり ほしいも」「べっ甲ほしいも」
と、ほんと、おいしそう。

写真写りが悪いから伝わらないのが残念。

良く映りそうな場所を探したんだけど、我が家は古いから。

あ~、良い家に住みたい。

▼ あさかわ菓子 1080円 ▼

Cimg1509

去年は、売り切れで買えなかったけど、今回はリベンジ的なかんじで買ってみた。

▼ ジュピター 1000円 ▼

Cimg1510

「イタリアン」という表示だったので、これにしてみた。

いろんなパスタと、トマトソースと、見たこと無いトウモロコシの粉・・・コーンスープやケーキが作れるらしい。

▼ 根元漬物 1080円 ▼

Cimg1516

去年と、ほぼ同じ、「べったら漬け」「梅味たくあん」「そぼろ納豆」「梅干し」

梅干しは「紫錦梅」に代わってこれは徳川斉昭(徳川慶喜の父)が考案したものだそうだ。

ま、今回はこんなもん。

人に見せるほどではなかったね(笑)

今年も、駅ビルでは、1万円買うと1000円の商品券をもらえる特典をやってて、
「今回は義父母が来てないから、達成は難しいかな」と思いつつ、
「あと1500円なんだけどなぁ・・・」と、あきらめて帰るかどうか悩んだ。

無理していらないものを買うのもどうかと思うし、
と、なんといい案に思い立った。

駅ビルにはスーパーも入っていて、そこの会計もカウントされるのだ。

見れば、なんと野菜が安い。

計算しながら、ほぼぴったり1万円達成して、なんとか念願の1000円の商品券をゲットした。

そんでもって、すぐさま、その商品券でお惣菜を買って、ごきげんで帰ったというわけ。

つまりは、「不足分はスーパーで買う」という発想に行きついたことが、
‘正月早々、ラッキーな出来事では?’と自画自賛的に嬉しく思ったってこと。

2016年12月13日 (火)

セリアの猫シール

久しぶりに、100円ショップセリアに行ったら、かわいい猫シールを発見heart01

(他の人からすれば、いまさらかもしれないがcoldsweats01

左端にあるカラーのシールは、こすって転写するものらしい。

30年前のガムのおまけはそういうタイプだったよね。

飼い猫レオンに似てたので、(段ボール箱をかぶったイラストがそっくりshine)、おもわず買っちゃいました。

黒猫のは、とうぜん、飼い猫アリスに似てるからですよhappy01

とくに、横たわって、こちらを見上げてるカットがsign01

右端のシールは、耐水、耐熱ということで、レンジにも使えるらしい。

Cimg1270

参考どおりに、無地のカップに貼ってみました。

Cimg1274

シールにあるまんま、アレンジなしeyesweat02

上手く貼れたと思うけど、
なんとなく、口にするものに、シール貼るのは、
・・・ちょっと、私的には、食欲うせるかなぁ、なぁんて。

2016年11月24日 (木)

オイルヒーター

2週間前、夏の猛暑に備えてエアコンを買いに行ったはずの母が、
なぜかオイルヒーターを買ってきた。

20畳の部屋を快適にするお得なエアコンがなかったので、こういうことになってしまったらしい。

真夏は毎年乗りきれてるから、かまわないのだそうだ。

それはともかく、オイルヒーターって部屋をあたためられるのか疑問。

大きな湯たんぽなようなものでしょ?

浴室って、あんなにたくさんの湯があっても、それほどあたたかくないじゃない?

20年前に電気屋さんが「あたたかくないから、やめたほうがいいよ」と言ってたものなのに、
母は忘れてしまったようだ。

母は「でも、オイルヒーターは電気代が安いっていうから!」と言い訳を繰り返す。

前回の冬の電気代がいくらかは知らないが、使用してた電気ストーブは、
かなり電気をくったようで、もうこりごりということだった。

電気ストーブの前は、石油ストーブだったが、もう灯油を買うのもおっくうだという。

最近は冬が短いから、灯油は10リットルあれば間に合うが、
このあたりでは、今は18リットルごとしか販売してないので、買いづらいったらない。

日頃から電気ストーブの転倒火災も不安がっていたから、火を使わないこれは安心だと母はいう。

電気ストーブは、倒れると火が消えるしくみになっていると、何度も教えたんだけど、
怖いものは怖いものだからしかたないか。

オイルヒーターは、点けてみると意外とふつうに部屋が温まった。

あとは、電気代がどうなるかだ。

みれば、電気ストーブよりも、消費電力が大きい。

あと、タイマーの使い方が分かりづらいが、タイマーは使わないから構わないとのことだった。

Cimg0853m

暖房器具と知ってか知らずか、
飼い猫のマリアは、さっそく気に入って、前に陣取っている。

今日は、外は雪で、本格的な真冬の寒さだけど、ちゃんと部屋は温まっていた。

2016年11月 4日 (金)

猫の20歳超えは、もはや当たり前?

見切り品で、20歳以上の猫ちゃん用のパウチエサを見つけた。

わが家に20歳以上の猫がいないので、目につかなかっただけかもしれない。

「銀のスプーン」でも20歳以上が出てるようだ。

もはや、猫の20歳以上は当たり前なのか?

人間の100歳超えは6万人いるというけど、
100歳以上の商品は聞いたことないよ?

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わが家の愛猫にも、もっと生きてほしかったけど、18才で星になっちゃったわ・・・。

2016年9月11日 (日)

飛び交う、火の粉

‘自分で通報しなかった’

ということが、世の中の男性の腑に落ちないことらしい。

私も同じ立場だったら、自分で通報しないと思う。

パニックって混乱して、ふだん頼りにしている相手に、まず電話。

あわてふためいて、説明が支離滅裂になってる私の代わりに、その人が通報してくれるのではなかろうか?

実際、急病だとか火事だとかの時に、パニックって消防署の119が浮かばなくなる話は、よく聞く。

また、強姦被害を訴えると警察や周囲は必ずと言っていいほど、
「あなたが、誤解をまねく思わせぶりな態度や服装をしてたんじゃないの?」と、
女性側にも非があるようなことを言われてしまうものだ。

深く傷ついているのに、心が折れてしまうよ。

女性だけでは、なめられてしまうから、男性の味方は必要不可欠だ。

だが、そのことで世間から美人局(つつもたせ)と非難されてしまうとは!

その通報してくれた男性が、夫ではなかったから?

夫が頼りにならない場合もあるし、独身女性の場合どうしたらいいのだろう?

40代だから強くて、ひとりでなんでもできる人ばかりじゃない。

たとえば、芸人のいとうあさこさんは、46歳だけど、ひとりで解決できるようには見えないなぁ。(←失礼か)

示談金のことも、被害女性バッシングになってるようだ。

仕事が出来ない状態になってるわけだし、おそらく自宅も誹謗中傷の標的になってしまって住めなくなっているかもしれない。

この事件のせいで、今の職場を辞めざるおえなくなることもありうる。

現在から未来にわたる収入に対する弁償は、もらって当然だと思う。

もし、この先5年間失業してしまったとしたら、年200万円の給料だった場合、
自分で稼げたはずの1000万円を失うということ。示談金で儲かるかんじではない。

私には示談は、「一刻もはやく、この現状から抜け出て、いつもの生活を取り戻したい」だけなのだと思う。

美人局?

ふつう、自分の職場で、見つかったらクビになりそうな、そんなリスクの高い行動はとらないと思うし、
仕事モードの時の女性は、そんなこと出来る気分にはならないと思う。

出来るとしたら、たぶん相手は、恋人か不倫相手だったり、
はたは、過去に美人局の経験者じゃなかろうか。

しかも40代で簡単に若い男を落とせるなら、世の中の女性が婚活で苦労してないよ。

世の中の、特に男性にはなぜか、
昔から根本的なところで「女性のほうが悪人」というイメージがあるように思う。

真実は、当事者しかわからない。

報道されてる女性の対応に、私は違和感を感じないし、
私も同じ行動するだろうと思う。

だが、私から見れば、ふつうに思える行動が、なぜか世間からバッシングを受けている。

まるで元被害者が、狂言したかのようにおもわれている。

加害者と言われる男の普段の行動がかなり問題であっても、
女性側がすべて悪いと世間で騒がれてしまっている。

自分が同じ立場だったら、こんなことになってしまう結末を連想して恐怖に思う。

真実は当事者しかわからないし決着したのだから、もう周囲がどちらが悪いか追及することではない。

この先の、同じようなことが自分にふりかかった時のために、参考としてそれぞれ考えるだけだ。

もし、大切にしている女性が心の助けを求めてきた場合、
あなたは、代わりに立ち上がろうとは、思わないの?

.

PS:

虐待やDVでも、被害者というものは、おおごとにしたくなくて我慢してしまう傾向がある。
通報すべきかどうかは、周囲のほうがちゃんとした判断ができるものだ。
つまり、ふつうの生き方を取り戻すためには、他の人の手助けが必要ということ。

追記:

なぜ自分で通報しなかったのか、の理由に、もう一つこういう憶測がないだろうか。

『顔見知りの相手からの強姦は通報しにくい』といったようなこと。

日頃恨んだり憎んでたりしないかぎり、知り合いを即座に警察につき出すことは横暴に感じる。

悪意の強姦かたわむれ(悪ふざけ)か、想いを押さえきれずそういう行動に走ってしまったのか、
強姦の理由もそれぞれ。

酒の場でのまちがいもあるだろう。

妊娠したのでしぶしぶ強姦相手(知人)と結婚したという女性の話も聞いたことありますしね。

強姦相手が知り合いだった場合、「まず警察」ではなく、「話し合い」か「泣き寝入り」が普通ではないだろうか?

つまり相手が知り合いだと「これって、・・・犯罪だよね?」と思いはするものの、
警察に突き出すのも違う気がするから、他の人の意見を聞く(または、だんまり)
という流れになる。

まったく知らない相手ならば即警察なのだが、
この事件の場合、相手が有名人だったため、迷いが出たのでは?
と、私は思うのだ。

テレビ番組は誰のため?

70代の母が、「今日はテレビで見るものがないから、夜つまんない」と言った。

母は一人暮らし。
趣味は、スーパーでの買い物と友達とのおしゃべりだから、
夜はテレビ見ることしか楽しみがないのだった。

本を読むにも、部屋は昼間ほどの明るさがないため字は見えず、
パソコンもないし、BSやスカパーなどもないから、楽しみは唯一の地上波のテレビが頼りなのだった。

母のような境遇の人は、めずらしくなく、独居老人が増えた今、多いと思う。

話す相手がいないからテレビを見る。ひとりでさみしいからテレビをつける。

だが、テレビをつけると、何がおもしろいのか分からないものばかり。

何もすることがないなんて、想像しただけでも、夜が長く感じられて、なんとつらいことだろう。

.

やや若い私でさえも、見るものがない曜日がある。

夜の7時から12時まで、全チャンネル、ひとつも見たいものがないときがある。

でも、そういう時は、ため込んでいた録画番組を見たり、パソコンで遊んだり、
いろいろやることがあり、忙しくしてるので、
むしろかえって「見る番組が無くて、よかった」と思うことさえあるので、私はそれほど困らない。
.

ただ、こんなにたくさんチャンネルがあるのに、
なぜ「見たい番組がない」ということが起こるのかというと、
それはテレビ番組の配置が、かたよっているからにほかならない。

テレビ局は、なぜか似たような番組を裏番組にぶつけて対抗させている。

分散させてくれれば、両方見ることが出来るのに、
同時間では、片方をあきらめなければならなくなる。

興味あるものはいくらでも見たい視聴者の気持ちは、すっかり置いてきぼりだ。

なので、見たい番組は、同じ日にまとまっていることが多いので、
ほかの曜日のテレビがつまらなくて、テレビをつけることさえしない日があるのだった。

テレビをつけることにより、その前後の番組に興味がわいて、おもわず見てしまうこともあるのに、
ひとつも見たい番組がないと、そいうことがおこらない。

テレビは、視聴者の減少をくい止めたいのではないの?

.

10月から、日曜日の7時のテレビ番組が、
テレビ朝日「アメトーク」、TBS「タレント名鑑」、テレビ東京「もやサマ」、日本テレビ「鉄腕ダッシュ」になるそうだ。

どれも、好きな番組なのに、全部見れそうにない。

これってひどすぎない?

人気番組を終結させるなんて!

いまの時代は、録画で視聴だから、リアル時間での視聴率競争は意味ないよ。

2016年9月 6日 (火)

浦島太郎のやうに

あとから聞いた話では、その女には、夫があり、しかも5人の子どもがいて、
ボロボロの家に住んでいるとのことだった。

そんな女と父が出合ったのは、近くのとあるスナック。

女はそこの雇われスタッフだった。

父の友人は、「結婚したらいいよ。男の子(後継者)を産んでくれるよ」などとはやし立て、
その気になった父は、その女と付き合うようになった。

父は、もう後継者のことなどは考えてはなかったと思うが、
接客業ゆえか世話好きな感じが気に入ったのかもしれない。

父も、もう50過ぎで、介護というほどではないが、面倒みてもらいたい年になってしまったのだろう。

父はその女と暮らすために、
ちゃらんぽらんではあったが長年、金銭面ではささえてくれた母を、追い出してしまった。

そして家事や家業を手伝い支えていた私の姉も、
母を心配して一緒に家を出ていってしまったのだった。

家に残されたのは、父と、家事をしたことがない私。

父は、もともと次女の私になんの期待もしていなかったから、
洗濯や料理をしろとはまったく言わなかった。

思えばずっと同じ家に居ながら、父とは生活が一緒だったことがない。

父の洗濯物が干してあるのも見たことがないし、食事のときもほとんどいなかった。

父って、どこでどう暮らしてたの?って不思議に思う。

そうしてるうちに、その女が一緒に住みだした。子供一人だけ連れて。

父は、「外食だけでは、体が壊れるから」などと理由を私に言う。

女の年齢は30歳。私より10歳上で、父より20歳若かった。

4人の奇妙な生活のはじまり。

そうしてしだいに、私の心の居場所がなくなっていった。

ほかの3人も、私がいることで心が落ち着かないらしかった。

結果、父が「家を出て行け」と私に言った。

じつは、新築のこの家は、私の子どものころからの念願だった。

私は生まれてからずっと倹約して、家を建てる目標のために両親に協力してきたつもりだった。

だが父は「俺が建てた家だ!」と自分の努力や稼ぎだけで建ったような口ぶり。

私は、良い家、いい暮らしをすれば、漂う雰囲気には気品が現れ、いいところに嫁ぎたかったのだが、
夜逃げするかのように、私は家を出るしかなかった。

その後、両親は離婚し、父がどう暮らそうが、もう関係なかったが、近所の人のうわさ話は、
我が家にまで届き、たびたび詳細を知ることになった。

どうやら、昼夜、仕事もせずに二人そろって遊び歩いてるらしい。

新婚で浮かれていたのかわからない。

父はきっと、「またバブルが来て大きく稼げる」と楽観し、
女は、新築の家をタダでもらった気になっていたのだろう。

そうこうしてるうちに、家のローンが払えなくなってしまった。

女は働かないし、小学生の連れ子もいるし、赤ちゃん(私の腹違いの妹)が生まれ、
仕事の期限を守れず信用を無くした父に、仕事の依頼は激減。

もう、だれ一人、稼げる人がいなかった。

ついに、父たちは、せっかくの家を手放し、賃貸の家を転々とた、
貧乏暮しに逆戻りになってしまったのだった。

‘女は父を陥れようとしたのか?’とも思ったが、
女は、もとの家族に帰ることもなく、最後まで父と暮らし、看取ったのだった。

父の晩年は生活保護を受けるほど困窮してたので、女はなんの得もしていない。

ただ、二人はただ、楽しい楽しいと楽しさだけで暮らしてたら、気が付けば全部失っていたという事だ。

まるで浦島太郎のように、楽しみ続けた果てに現実に目を向けたときには、
近所の人や友人や兄弟でさえからも、すっかり誰からもかえりみられなくなってしまっていた。

父の葬式には、だれも参列せず、さみしく、関係者のたった5人だけで執り行ったということだった。

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